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zoom RSS 青函連絡船の思い出と我が人生航路 385

<<   作成日時 : 2017/02/12 20:00   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 2

     あれ! それ


近ごろの会話で「あれ、それ、あの、その・・・・・」代名詞で間に合わせ、肝心の事が出ない時が多い。パソコンやスマートフォンの性能が向上するなか、我が頭のメモリーはデジタル時代に逆行のようだ。


かつて有名だった俳優タレントなど著名人の、イメージは浮かぶが名前が出ない。タイムラグが大きいだけで、やがて思い出すからそれほど心配もしていない。


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           函館さん橋 第2岸壁


青函連絡船がなくなり30年近く過ぎ、主な時代背景は更に遡る。拙い記憶とわずかなメモを頼りに続ける日々である。


無理に覚えるのは苦手で、学校の勉強や仕事に社会生活までも頭を素通りが多かった。しっかりしたプロセスの事象や、事故に関連の大切な考えは、時が経過しても強く頭に残るのはプロの役目だろう。


青函連絡船は強風と闘う航海でもあるが、ピストン航海から停泊中も暴雨風に襲われた。長時間停泊の一般商船は、あらかじめ沖出しするのが一般的だった。

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          大森浜から陸地(海抜ゼロ)を吹く



青函連絡船ではいろいろな条件で、岸壁着岸のままやり過ごすことが多かった。函館側の旅客便は函館さん橋第1岸壁と第2岸壁を利用した。


前寄り(西寄り)が第2岸壁、後が第1岸壁で、それぞれ真方位250度1/4、259度1/2と10度弱の違いがあった。着岸状態で船首方位が約251度、260度ぐらいだった。


第2岸壁は新貨船にあわせ延伸して長くなったが、前方は支柱だけの空洞になっており(さんばし構造)、風浪とくに風の影響をもろに受けた。いわゆる海抜0メーターの陸地を抜けてくるので、相当なものだった。

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         上が2岸壁羊蹄丸、下は松前丸 (点線はホーサー)略図


これと反対の北西の風で低気圧を凌いだ例がある。乗船中ではなく海務部で事故等の担当主席として、いろいろ本船側のC/O(一等航海士)と、連絡を取り合った記憶がある。


北西〜北北西の20〜28m/secの押される風も、突風はもっと強かったが、羊蹄丸、松前丸の二船とも無事に乗り切れて安堵した。


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コメント(2件)

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「我が頭のメモリーはデジタル時代に逆行のようだ。」とありますが、私も全く同感です。歳は取りたくないですね。暴風を岸壁でやり過ごすのは、錨泊より相当気を使ったでしょうね。
mukasinohito
2017/02/18 22:59
一般には着岸のまま強風に、相対するのは良くないのでしょう。
連絡船の場合は、専用岸壁で防舷材など、特殊なのでそれほど衝撃も少なかったと思います。
また停泊予定時間も短いなどあると思いました。
towadamaru7
2017/02/20 20:01

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