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zoom RSS 青函連絡船の思い出と我が人生航路 392

<<   作成日時 : 2017/03/20 23:51   >>

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           青函連絡船 羊蹄丸 (ポスター)


       青函連絡船の盲点



安全運航に万全の体制を誇ったが、何事も完ぺきということはなかった。当時から少し気がかりな点で、ひとつに基準航路が左側通行であった。


青函連絡船など航路協定を結ぶ、六社会に所属する船舶では、視界良好で定時運航が保たれていれば、それほど問題はなかった。


青森港は出入船舶も少なく、港の形状も単純で影響は少なかった。しかし下田と共に最初の開港場として歴史を誇り、特定港である函館港は、国内外の出入港船舶もあり、微妙な関係になるケースもあった。


湾外から港の形状も複雑で変針回数も多く、一般船舶は海上衝突予防法や、港則法の航法が当然だった。すなわち左舷対左舷の右側通行が当たり前だった。


青函航路の基準コースについては、たびたびとりあげてきたが、外から入ってくればすぐに気付いた。何よりも青函連絡船廃止後に、右側通行に変更で一目瞭然だろう。


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           函館湾の航路の一例


理論ではよく分っていても、青函連絡船はお互いに左転する習慣が気がかりだった。大きな事故は無かったが、危険な状況を招くことは少なくなかった。


一概には言えないが一般的に、左転するのはタブーの習慣が、ナビゲーター(航海者)の常識で、そのように教えられていた。


そんな青函航路にも3月11日から、津軽海峡フェリーが新船「ブルーハピネス」投入のニュースを新聞で見た。8800総トンの大型船らしいが、29年が過ぎ立派に様変わりと思われる。安全な航海と津軽海峡の平安を祈りたい。

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コメント(2件)

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青函航路廃止後に右側航行に変更されたとありますが、如何して基準航路は左側航行だったのでしょうか、航路開始時は船も小さいし船舶も輻輳していなかったからでしょうか、この様な事も歴史になりましたね。
mukasinohito
2017/03/29 23:33
そもそも青函連絡船中心に考えられたようでした。
それは青函間を定期的に走る船も少なく、青函連絡船の比重が高かったと思われます。
一つに青森港の形状から、東航路すなわち向かって左から入港する方が、操船が容易だったこと。
ふたつ目にレーダーが装備される以前に、視界不良時の航海で、下北半島寄り(左側)の方が、位置の確認がし易かったこと。
私はこの2点から、メリットがあったと考えています。

つい先ごろ何人かの船長OBと、電話や書状で尋ねる機会があり、持ち掛けてみたら極端に云えば「どちらでもよかったのだろう!」の意見がありました。
その程度なので先手必勝?都合の良い方になったのかも知れません。
安全から見れば当然ながら右側通行になるでしょう。よって改正されたものと受け止めています。
いずれにしても連絡船廃止後のことは、確認もしていませんし、かかわる立場にもありません。
towadamaru7
2017/03/31 10:33

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