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zoom RSS 青函連絡船の思い出と我が人生航路 396

<<   作成日時 : 2017/04/04 18:02   >>

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    全体のバランス


人は昼間に働き夜は寝るのが、理想的というか普通である。しかし世の中には四六時中、動き続ける業種も少なくない。


当然ながら青函連絡船も、夜昼エンドレスで運航を続けていた。前号に書いた作業ダイヤにより、勤務するのが原則だが、現実にそぐわないところもあった。


あくまで基本でありそれぞれの連絡船で、その責任において実情に沿い、ラフダイヤで運用もあった。よほどアンバランスでなければ、平均に回るから乗組員に支障はなかった。


青函連絡船の勤務のひとつに、代務という特色があった。乗組員の年休や船休(公休)等に、代わって職務をとる制度だった。それぞれの連絡船へ、不規則的に派遣されることにより、不利益を被る場合もあった。


年休等の希望は所用に合わせ、乗船中の勤務まで考慮しない。しかし何時でもよい場合に、深夜の当直が当たる勤務に希望も否めなかった。


オフィサー(航海士)のワッチ(当直)を一例に上げれば、順番になっており数えれば先まで判明する。代務者があの連絡船もこの船でも、深夜帯ワッチが続くのも珍しくなかった。これが3〜4回も連続すれば、疑問も抱き心身の負担も軽くなかった。


2.5運航は3時間50分運航が基本で、航海当直も一人で通しが一般的だった。しかし2運航体制では4時間30分、なかに4時間40分もあった。スタンバイも含め一般船舶では普通でも、密度の濃い連絡船では、途中で区切っていた。


上り便は陸奥湾に入った弁天島、下り便は下北半島の大間埼で当直交代した。先の方が大部分の主務で後が補助的だったが、C/O(一航海士)と2/B(増派二航士)、2/A(二航士)と3/O(三航士)を組合せ、下船までにはプラスマイナスゼロになった。



2運航体制には新貨船も客船も就いたが、客船の比率は少なく関心が少なかった。船によってはこちらも一人で、ぶっ通しのワッチもあったようだ。乗組員だけなら互いに問題も少ないが、代務には苦情などもあるようだった。

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オフィサーが同時に休暇を避けたり、訓練や行事など負担が予測される時は休まない。あえて良いワッチに休んだり、代務者に迷惑をかけない気遣いも多かった。青函連絡船のあがり便(交代前の便)では、引継ぎの準備などもあり、二つに割るのが通例だった。


またC/Oは雑務に追われ、考えるほど余裕がないのが実情だった。何時でも休めたら有難いというのが、他のサロンクラス同様の考えだっただろう。


昭和55年11月の一航会各船代表者会で、幹事船から「かたよった当直にならないよう」議題が提出されたこともあった。やはりそれぞれの配慮でバランスが大切だった。


外国航路の西航でワッチ中に時間を遅らせる時は、もろにその時間長くなる。特に高緯度では50分に及ぶこともあり、青函航路でも似たような感覚になった思いがあった。


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コメント(2件)

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作業ダイヤが複雑でも同一船で勤務していれば、大体平均になるが、代務者の場合は、悪い勤務時間のダイヤに多く代務となるとドウシテだと心が騒ぐことが有ったようで、それを気遣って休暇申請したりと、色々有ったのでのですね。
mukasinohito
2017/04/20 23:04
どちらにしても考えすぎかもしれませんが、意外と割り切れない点があったかもわかりません。
いちいち代務者の事を考えていては、埒が明かないと云う反面、年がら年中、予備員も居りその人達は心中穏やかで無かったでしょう。
towadamaru7
2017/04/23 00:38

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