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zoom RSS 青函連絡船の思い出と我が人生航路 410

<<   作成日時 : 2017/06/08 14:00   >>

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        分らない


船に長く乗っていたが、なかなか理論通りにならない事や、よく分からないこともあった。一般商船は個々に状況が違うが、青函連絡船は性格上よく似ており、ひとまとめに考えやすかった。


津軽丸型は自動化船で、国(国鉄)ということもあり、基本設計から諸試験のデータや、多くの文献も出まわっていた。その点では恵まれていたが、必ずしも計画のようにならないケースもあった。


青函連絡船は専用岸壁に着岸し、衝撃を軽減するために、鋼製防舷材はじめいろいろな工夫がされ、操船する立場からは気楽な一面があった。

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           スタビライザー操作盤(大神氏所有)

裏を返せば青函連絡船の船長は、おそらく一般岸壁への着岸操船の経験は、ほとんど無かったのだろう。何かのセレモニーか周遊でもなければ、チャンスがなかった。


たとえ周遊便にしても、ほとんどの場合は、パイロット(水先人)の手を借りることになった。自分自身も2500回以上は着岸操船し、出港も入れれば2倍になるが、専用岸壁だった。


船長としては一般岸壁へ、自らの操船は僅かに3回ぐらいだろうか? 第25話「けっぱれ北海道」で述べたように、10回以上専用岸壁に着岸よりも気苦労が多かった。専用岸壁からの離岸は、ほとんど容易だが、一般の岸壁はそれなりの難しさもある。

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           十和田丸スタビライザー


第23話の「恐山周遊」で、大湊港の着岸操船と離岸作業は、特に港の事情に精通していないし、タグボートもなく面倒なものだった。


少し前までは青森桟橋から、タグボートの派遣など恵まれていた。それでも小型船の助けがあり、風速も10m/sec 以内と、さらに羊蹄丸で2/OとC/Oとしての経験が、船長になり役立ったと思った。


青函連絡船で沖出しや着岸が多く、投錨作業などのアンカーワークは、たくさんの機会に恵まれ習得できた。特に双錨泊を多く経験できたのは良かった。


C/O(一等航海士)のアンカーの扱いは、常に深く考えすぎるぐらいがよく、回数を重ねるだけでは技量は上がらない。うるさく言われる船長がおられたが、全くその通りと心酔していた。


青函連絡船のみならず一般船舶にも共通するが、復原性についても留意点が多く、航海士時代から排水量計算はじめ、「船長のための復原性資料」もよくチェックしていた。


津軽丸型の客船は数値的にも、実船でも大変良かった。新貨型は石狩丸の受取に行ったので、いろいろな試みから特性が理解できたが、コンテナのデッキ積み計画がなくなり、GMが大きすぎ横揺れの大きさが残った。


改造客船の石狩丸と檜山丸については、代務で乗船の機会はあったものの、全て掌握するまでに至らなかった。もともと大改造について、原形を超える事がないというのが持論だった。


状況は全く違ったが、韓国客船セウォル号の事故で、時系列を超え考えることがあった。一番のきっかけは、そこから数年さかのぼる時期に、日本のフェリーが熊野灘で、車の荷滑りが原因で沈没に至る事故が有った。


洞爺丸台風による青函連絡船の事故は、台風による暴風雨が要因だが、沈没した全船で貨車を積載していた共通点に注目した。


船の安全性については、諸試験のほかにも、水槽実験などの実績も多い。しかし通常は安全な状態でも、何かの要因で起こり得ない現象が起きるかも知れない。重い積荷の影響は意外に大きいのかも分からない。

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          十和田丸からジャパニーズドリームへ改造


十和田丸から改造のジャパニーズドリームは、乗客として乗っただけで、詳細は知らなかったが、多くの専門家がタッチし、問題なかったのだろうが、安全性で十和田丸を超えることは無かっただろう。


しかし後に乗務した船長から、横浜神戸間を離れ日本一周航海で、ある潮の速い海域でオートパイロット航走中に、針路がずれ修正のため、オートパイロットが大舵をとり、かなり危険な状態だったと聞いた。


十和田丸は航海速力で航走中に、舵角を一杯(35度)取ると、かなり横傾斜をするが、転覆の心配は無かった。もちろんそのような操船はしないが、ジャパニーズドリームでは無理だっただろう。


何が起こるか分からないのが船でもあり、ずっと気にかけていたJDに何もなく幕を閉じ、その早い時期は残念だったが、無事終えたことは立場上から安堵もあった。


青函連絡船でスタビライザーは、上記の改造型の石狩丸に檜山丸、後から取り付けた十和田丸しか装備していなかった。


改造型はこれがなければ、客船として就航はかなり困難だっただろう。十和田丸は周遊便へ就航も考慮のグレードアップで、無くても青函航路で困ることは無かった。

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          やまぼうし


スタビライザーも快適で便利であるが、最後はコンピューター制御で故障もあり、その時の安全対策もされている。しかしシミュレーションでも分るよう、反対の作動をしないとも限らない。


改造型は仕方がないが、果たして大変な大シケに、限界の荒天航法をとる場合に十和田丸は、最後には原点に戻り、あくまで補助として対応を考えていた。

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専用岸壁と一般岸壁着岸では、色々事情が違うでしょう、民営化後の周遊航海でも無ければその機会も無かった事と存じます。船舶改造は確かに安全を考慮して実施されているのでしょうが、セウォル号の様な事があれば気に為りますね。
mukasinohito
2017/06/24 23:58
それだけ一般船舶の船長や、さらに千差万別の状況のもとにある、パイロット(水先人)のご苦労が分かる気がしました。
改造もしっかりしたものでしたらいいでしょうが、往々にして結論ありきではたまりませんね。
何処の世界(業界)も似たケースがあるのでしょうか?
towadamaru7
2017/06/25 10:26

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