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zoom RSS 青函連絡船の思い出と我が人生航路 414

<<   作成日時 : 2017/06/22 22:47   >>

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               まぐれ



人生航路を進み続けるうちに、まぐれ当たりとか、まぐれと言われることも起こる。前にも少し書いたように、数字的な偶然も確率が高かった。


数字の予測や時世の先読みは向いていたのか、比較的よく当たる場合が多かった。船の業務を終え陸上部門でも、いろいろ役立ったことがあった。

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函館駅のお客様の動きを見れば、キヨスクなど構内営業や直営店の売上が分かるようになった。また新規店舗の売り上げ予測を、担当者と正確さを競い合うのも嫌いでなかった。


間違の少ない予想ができたのも、主観や利害が絡まない場合に限られる。たまに中央競馬のG1レースの馬券を買うほか、宝くじさえ買わない。


妻の「人の心がよく分かるのに馬の気持は分らないから当たらないのでしょう」の冷やかしに、当たればご馳走の言葉も弱く、かすかな夢が続くようだ。


占いや霊に関し知識もなく分からないが、事故や災害を口にするとよく当たるので、良い事ならば結構だが、反対だと困るので軽々に言わないよう努めている。しかし船の事故は、気がかりなので注視の癖はある。


プライベートではまぐれでも何でもよいが、船の仕事は綿密な数値の計画が大切である。それでも風浪が相手では、考え通りいかない場合が多かった。


航海の基本の方位と距離を、正確につかむことを例に挙げる。他船の方位と距離でも、目測で知ることは、航海士の永遠の課題でもある。レーダーなどの実測と合致し、まぐれ当たりもあれば望ましい。

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大型船のブリッジの高い位置から見れば、100メートルの距離はすぐそばに見える。また波高1メートルの波は、静かな海面に見え低いデッキからしか分からないものだ。


また防波堤の入口や、橋の下など通過できるか、疑問がわくほど狭く感じるため、如何に訓練するか、まぐれで務まらない。


青函連絡船は冬の航海に特徴があり、記事も多くなっている。西寄りの風が主で、それだけ経験値などデータも豊富で対応し易かった。単純に言えないが、西風30m/secには慣れていたが、反対の状況はどうだったか。


東寄りの強風の頻度は低かったが、経験が少なく対応に難しさがあった。青函航路の大部分が下北半島など陸地の陰に当たり、陸奥湾入口の一部を除き、津軽海峡中央部が難所だった。
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津軽海峡東口から吹き込む風浪とウネリは、太平洋から無限に押し寄せる状況である。ウネリは波長が長く、太平洋のように威力があった。


外国航路時代から太平洋のウネリは、有り余るほど経験していたが、遠洋航海向けの大型船だった。青函連絡船は津軽海峡に適した構造で、大洋には適していなかった。


風浪だけならば17〜18m/sec吹いても、通常コースで航行できるが、ウネリ3以上を観測するようになれば、上り便では針路150度ぐらいで上せた。それでもローリングがひどくなれば、更に風上に上せることになった。


新貨はドラフト4.70m程度で、動揺周期が短くローリングがきついから、145度で航行することも多かった。状況によってはジグザグや、大きく200度より右に落とすなど考えられた。


下り便は大間埼寄りに上せて、函館湾に向けておとすが、時におとすスペースが無くなり、繰り返す動作などの工夫があった。常には十分な広さの湾口は、狭く感じる事があった。


春から夏にかけてヤマセもあったが、風速も弱く該当の現象は少なかった。ましてウネリの階級3(波高2〜4m波長100m未満)、4(同波高、波長100〜200m)は僅少だった。


さらに6(波高4m以上、波長100m以下)や7(波高同、波長100〜200m)は滅多になく特別な気象状況で、ウヤやテケミと重なるケースがあったのだろう。


いずれにしても多くの船長や航海士も、西風に比べヤマセは経験が少なかった。台風や低気圧の接近を除き、かなり出現の確率は低かった。それだけ怖い警戒を要するものだった。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
山背の響き懐かしくコメント致しました。年輩者曰く関節痛が酷くなる等聞いた記憶が。例外的な北東風で気圧が不安定で頭痛なんて人も。津軽海峡は荒海ですよね。生き物の北上を拒み続けたブラキストン線、下り航路も例外では無いのですね。素人には広い海に見えますが、波浪に逆らい弧を描く軌跡の船にとっては、充分に狭い時もある事が分かりました。
L28改
2017/06/23 22:12
コメントありがとうございます。
確かに調子のよくない方々が、痛むお話はよく耳にしましたね。
どうしても低気圧の接近などで、天候の崩れる前に吹きますから、湿気を含み気分的にも、すっきりしないのでしょう。
当時は何気なく航海していましたが、ブラキストン線という生物の大きな境目の関所を、くぐっていたのでしょうか。
下北半島のニホンザルは、よくテレビにも放映されて身近に感じていました。下北半島の景色は、今でも目に焼き付いています。

全く関係ない事ですが、お名前(ニックネーム)から、あるイメージが浮かびました。もし違っていたら失礼ですが、聞き流してください。
個人的で恐縮ですが、日産自動車の車にもよく乗りました。特に初期のフェアレディZ(S30系でしたか)にL20型エンジンを積んでいました。
432(S20型エンジン)や輸出用にL24のZGなど、素晴らしいタイプがありました、
やがてL24や26からL28まで。このエンジンはブロックなど全体が頑丈で、チューニングや改造にも適していたような記憶が残っています。
それから何となく想像してすみません。
横道にずれましたが、ヤマセは冬の季節風の西風に比べ、想像がつかないいろいろな意味合いを含んでいたようです。
towadamaru7
2017/06/24 13:10

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