towadamaru7のブログ(十和田丸のブログ)

アクセスカウンタ

zoom RSS 青函連絡船の思い出と我が人生航路 417

<<   作成日時 : 2017/07/06 17:40   >>

ナイス ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 4

   浪人中のドライブ


青函連絡船の廃止から陸上勤務を経て、JR北海道を退社し天下の素浪人となり、ストレスがたまらず精神的に良かった。


と言うのは強がりかも、会社の庇護や保険も無くなり、家族を抱え仕事の見通しがなくては、不安が大きかったかも知れない。


具体的な方針が立たず、どれだけ役立つか分からなかったが、アマチュア無線技士免許やパソコン学校へ通い、自己研鑽など充電に当たった。

画像

            天橋立(のちに再訪の写真)



この時期に所用を組み合せ、函館から故郷の四国までドライブを企てた。それまではフェリーと青函連絡船の、どちらでも選べたが、この時はフェリーしかなかった。


ある7月のこの頃02:20函館発のフェリーで、ひとり愛車に乗り青森に向かった。久しぶりに船に乗ったが、それまでのフェリーと変わった印象は無かった。


車はマツダカペラ4WD2000CG 雪国に適し、かくれた名車のひとつだろうが、長くなるので詳細を省きたい。

画像

            愛車 カペラ CG


太平洋岸は高速道路も発達していたが、通行料金、距離、交通量など考えれば、日本海ルートの国道7号線8号を基本に、並走の高速を利用することが多かった。


船内の4時間はゆっくり休み、06:30頃に青森を出て弘前、大舘と交通量も少なく気持よいドライブだった。数年前にも休憩した覚えの、国道7号線沿いのドライブインで休憩した。そこまでの所要時間も、ほとんど違わなかった。


一般道は40kmや50km/h.の速度制限が多く、渋滞などで平均スピードは低くなる。バイパスなど空いていても一般に60キロだから、平均で40キロならば良い数値だ。


新潟まで約500キロ弱なので、40キロで走行すれば約12時間かかる。当時は小休止しながら、12時間の運転は楽なもので、体調や状況により調整すればよかった。


現在は国道に切り替わっているだろう、当時の弘前バイパス。酒田パイパス、鶴岡バイパスほか各バイパスもよく流れ、一般道も混雑が無かったのだろう。最後の新潟パイパスは速度制限が高く、新潟市を超え長岡市まで足をのばせた。


19時過ぎに途中で予約のホテルに着いたが、走行距離はメーターで543km、平均燃費は14.01km/Lだった。前回は更に先の上越市まで行き、今回100キロほど少なかったのは、出発が2時間ほど遅かった。因みにそのはるか前は、村上市泊まりと時代の変化を感じた。


翌朝は北陸自動車道に入ったので、走りやすかったが高速の基本に注意を払った。敦賀I.Cをでて三方五湖を回った。


昔タンカーで一緒に乗船したQ/M(操舵手)が、福井県出身でワッチ中に、東尋坊、永平寺に三方五湖など、お国自慢を念仏のように聞かされた記憶があった。


自然と第80話の「こわく不気味な話」から、第34話の「幽霊」などにつながり、正直な話も時と場合によるのだろう。これら忘れながら美しいドライブコースを巡り、夕方にはJR西舞鶴駅に到着した。(走行480km)


青函連絡船で大変お世話になり、縁の深い方に会うためだった。ブログのいろいろな場面に登場しているが、語りつくせないほど恩義を感じている。


函館に住み始めた頃は官舎も近く、互いに行き来もあったが、同じ船に乗り船でのお付合いが主だった。


家族や家庭を特に大切にされる方で、余り立ち入らないように気を付けていた。事前の連絡では、ぜひ自宅に泊まるよう言われ驚いた。お断りしても強い勧めに、不思議に思ったがご厚意に甘えた。


お互い辛党で無いが夕食のビールは特に美味しかった。函館では下戸で名が通っていたが、仕事上の延長から、やむなく必要な場合もあると苦笑されていた。


長い付き合いで基本的な考え方や、方針等ほとんど知っていたが、久しぶりの夕食や一晩寝る間も、話題は尽きなかった。子供さんたち全般のことや、特にひとりを気遣っていたのが印象にある。


先読みに優れ正確な考えから、青函連絡船に関し、国鉄全体からの位置づけ、海運界との関係のほか、人事や人間関係に技術、歴史や個別の成り行きから、オープンに出来ない事柄まで教えられた。


青函連絡船が終わった後に、何故だろうかと感じる事もあったが後に、なるほどと分かることになった。

自分が青函連絡船のことを正確に伝えられるのも、この件もあるほか複数ルートで再確認できたのが、大きいと思っている。


函館では車の運転は控えていた人が、舞鶴ではマイカー運転を要し、すっかり慣れていた。翌日は披露も兼ね、天橋立を案内してくれた。もともとスポーツマンで運動神経が良く、車の運転もすっかり慣れていた。

いろいろな思い出を後に、午後2時20分ころ西舞鶴を出て神戸に向かった。今は全国どこへ電話するのも、市外局番を回せば簡単である。むかし全自動の前も同一圏内は簡単だった。
そのせいもあるのか、近くに旅行したチャンスに、知人に電話することが多かった。


もちろん面会の時には、先方の都合もあり、事前に了解をとるのは当たり前である。途中休憩中に京都に住む家族や、第60話 Q/Mのひとりに電話したら元気だった。


綾部、能勢、川西、池田市など一般国道173号線を主に走行し、最後はわき道から武庫川沿線に出て、17時30分ころ東灘区の目的地に着いた。走行距離は115kmと短かった。

画像

          のちの神戸港


この日の相手は青函連絡船にほぼ同じ年に入社し、同じ年月にわたり苦楽を共にした同僚で、上司にも友人でもある信頼できる仲間だった。


何度もブログに紹介すみで割愛するが、青函連絡船から離れたのちも、ジャパニーズドリームの時や、その後も、数回を超え会ったことになる。


ほかに電話やメールを含めると、頻繁に連絡が取れていたのだろう。次の組織でも著名な要職を務め、何時も変わらぬ人情家である。本音で話ができツーカーで通じることが多かった。


往々にしてどこの世界も、偉くなれば足元を顧みない人が多いなかで、両方に優れた珍しいタイプは、辛口の自分から見ても素晴らしい!一言しかなかった。


長いドライブになり次回に続けたい。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
ナイス ナイス
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
私は再就職までの期間は休暇と捉えています。自分も大体は車で遠出ですね。北へ何日とか、とりあえず東に向かうという具合です。最近100日間世界クルーズの広告を見て、何とかならないかと無意識に算段してたりと。我々素人も洋上から世界を観たいと思うのですよ☆
貴殿のドライブ ログは時間や距離の記録が正確過ぎて、職業柄なのだと思ってしまいました(笑)
L28改
2017/07/07 01:38
やはりピンチをチャンスととらえ、日頃できない事をするのも一法かと思っています。
その意味では貴重な休暇かも知れませんね。
いろいろ取り上げていただいて、恥ずかしい次第です。
全てにいい加減で、行き当たりばったりが随所に感じられると思います。
その中で趣味の車に関しては、燃費とかかなり細かくとらえていることもあります。
本業の方はそれなりのことは、してきましたが、未だ分からない事が多く、やはり海や船は広くて深い感じがしています。
記憶力に欠けており、メモを多用していました。もう少し記録を残しておけばよかったと感じます。
今はそれらをつなぎ合わせ、クイズを解くように組み立てています。
towadamaru7
2017/07/08 20:13
メモを活用しているのですね。書き留めて残っている事自体、感心してしまいます。ブログはかなり分量で、勿論全部は読みきれていませんし。季節がら最近は、貴殿の恐怖体験や心霊現象の話を読んでしまします(笑)
L28改
2017/07/09 02:04
確かにメモは無くなりやすいですし、要らなくなったら捨てます。
いろいろ整理中に、このブログのきっかけにもなりました、羊蹄丸の件があり、怪我の功名みたいなこともありました。
towadamaru7
2017/07/09 18:45

コメントする help

ニックネーム
本 文
  • 占い&お楽…
  • 青函連絡船の思い出と我が人生航路 417 towadamaru7のブログ(十和田丸のブログ)/BIGLOBEウェブリブログ
    文字サイズ:       閉じる