towadamaru7のブログ(十和田丸のブログ)

アクセスカウンタ

zoom RSS 青函連絡船の思い出と我が人生航路 420

<<   作成日時 : 2017/07/14 12:10   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 4

画像



       避ける方が



道路に赤色と黄色の点滅する交差点があり、黄色は徐行し赤は一時停止し安全を確認することになる。ここで徐行する方は、相手が一時停止をしてくれるか、不安になる場合がある。


いっそのこと自分が一時停止の立場の方が、こちらの意思で確実に停止できるから、反って気楽に感じる事がある。


船舶は互いに進路を横切り、衝突のおそれがある場合は、他船を右舷に見る船が、他船を避航しなければならない。そして他船は針路速力を維持しなければならないと、海上衝突予防法に定められている。

画像

              青函連絡船 貨物船


青函連絡船上り便の常用コースは、177度ぐらいで南下するが、津軽海峡を横断する船と、クロス関係になる事が多かった。西方から東へ向かう船は、本船から右前方に見ることになる。衝突のおそれがある場合は、こちらがその船を避航し、相手は針路速力を維持する。


東から西へ向かう船は左舷前方に見える。すなわち相手船から見れば、こちら(本船)を右舷に見ることになり、本船を避航しなければならない。


こちらは針路速力を保持することになる。やむを得ないほか勝手に速力を変え、針路を変更してはいけない。


本来こちらの方が気楽なはずだが、道路の交差点のように、相手が避けてくれなければ、どうしようかと不安がよぎることがある。


横切り船は一般的に津軽海峡の地形から、完全な東西でなく、東北東〜西南西に近いコースを選定することが多い。


このため西航船は、いくらか同航(同じ方向)気味に走ることになる。従って同じ関係が長く続くことになり、反ってタイミングが難しくなるケースがあった。


そんな訳で気楽ではなく、こちらに避航の義務がある方が、主導権があるようでやり易かった。こういう相対関係になる前の、距離が離れている時点で、解消を図る努力をしていた。


津軽海峡に限って言えば、たまに通航の船よりも、青函連絡船の航海士は、慣れていたから早めに自船から避ける習慣があった。

津軽海峡は前に国際海峡の項でふれたように、外国船の通航も多く、国や地域により全て安全な航法と言えない場合もあった。


全国的に大型船と、小型の漁船や釣船などの、衝突事故もあるが、ひとつに小型船は小回りがきくので、接近しすぎることがある。そのため両船があわてて避航動作をとり、ぶつかった例もあった。


青函連絡船は回頭性能も非常に優れ、可変ピッチプロペラで機関の操縦性も良かったが、それとて切羽詰ってからでは、小型船のようにはいかなかった。


エンジンの操縦性から言えば、青函連絡船は夢のようで、現在の大型フェリーなどのさきがけだった。昭和40年頃の外国航路の船舶では、考えられないものだった。


画像

              青函連絡船ブリッジ


船舶運用の基本では、他船と衝突の恐れがあり避航する場合は、減速や停止が望ましく、次いで針路を変える方法があるように教えている。これは基本理念かも知れないが、現実には無理があった。


太洋航海中に当直航海士が、テレグラフでS/Bエンジンや、ストップエンジンを令したら大変な事態になる。何事かとエンジニアに疑われ、おそらく機関長に怒られるだろう。いわゆるたてまえはエンジンを使えるが、実際は直ぐに使えない。


まず主機の燃料油は通常はC重油を使用、エンジンを頻繁に使う出入港はA重油に、切替えるのが一般的だった。その他電源関係や制御エアー等々いろいろ準備が要る。もちろん緊急の場合は不可能ではないが、デメリットの方が大きい。


そんな間に危険回避は終わるはずで、航海士のそれまでの予測や判断が悪いとなろう。もし自分が機関長やエンジニアの立場でも怒るだろうし、そういうのが船の世界だった。

画像


上り便の一例をあげると、第274便(17:20〜21:15)のワッチ(航海当直)で、G.Co(ジャイロコース)179度、速力17ノットで航行していた。


左舷前方からの横切り船に注意しており、コンパスで方位変化を計り、レーダープロッティングを続け確認していた。いわゆる同航気味のクロスなので、最接近距離まで時間がかり、わずかに本船の船尾をかわる予測だった。


相手船を本船から158度1.5マイル(海里)に観測しても、相手が避航動作をとらず、その後に注意喚起信号を2回吹鳴したが、そのまま進行してきたので、距離を離すよう193度まで変針すると、相手も右転して本船を避けてきたが、少しタイミングが遅いようだった。



相手船は小型漁船で、これでも十分と感じていたのかも知れない。また本船は右側clearなので危険なく十分余裕があった。貨物船の新米C/O(一等航海士)時代だが、航海士としては熟練していた。

青森入港S/Bでキャプテンへ引継時に、報告するが派手に汽笛を鳴らしたので、もちろんキャプテンも注視されていたようだった。


下り便にしても考え方は同じで、右舷から近寄る船に対して、本船が避航するのが原則のため、青函連絡船の見張りは右舷重視となった。航海中ブリッジ見学の方々は、今もその光景を思い出されるだろう。当直航海士は左舷や後方の注意も大切だった。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
左側通行の自動車は停止線の無い交差点では、左方優先と教習所で習った記憶があります。今でもそれを真面目に守って、じっとしてやり過ごす方が面倒がなく確かに楽です。仰る通り優先されるより、強制される受身の方が気楽ですね。
船舶はクルマと逆で、右舷側に見える舟を優先するのですね。右側通行なので聞けば納得ですが、道幅の概念が無いでしょうから、一体何処まで避航すれば適切なのやら想像もつきません。ましてやその先に他の船舶がいたりしたら優先権はどうなるのやら、他船は気付いているのか不安一杯でパニックになりそうですね(笑)
因みに航路協定の様なものがあって、反対車線を逆走みたいな事はもともと起きないものなのでしょうか?
広い海、以前から気になっておりました。
L28改
2017/07/17 01:55
横切り船の場合も、動力船同士が前提になっています。
確かに広い海ですから、何処を走っても良いのが原則です。しかし法律などに規定されている東京湾、伊勢湾、備讃瀬戸や主要な港などは、航路に従って航行しなければなりません。
青函連絡船が存在した頃には、青函航路等に就航していた、各フェリー会社や、国鉄連絡船などは、協定を締結していましたので、従うのが原則でした。
所属船以外は別に、どんな走り方をしても問題なかったですが、参考にはしていました。

極端に云えば海上衝突予防法に違反しても、直接的な罰則はありませんでした。
(別の法律でつかまることがおおいです?)
また例外規定があって、切迫した危険に、規定によれない場合は、別の動作も取れます。
基本的な考え方は、容易な方が、困難な方を避けるというのがあります。
towadamaru7
2017/07/17 20:44
ご回答ありがとうございます!
なるほど、往来が激しい湾内等は航路が優先されるのですね。それでも譲り合いは大切そうですね。
やはり危険になる前に対処するには、見張りの方が大事な役目なのだとも改めて感じました。
L28改
2017/07/18 00:46
港口付近で出会う場合は、出航船を入航船が待ち合せなければなりません。
青函連絡船の運航当時に、函館港の第⒉航路では、出航船の優先規定にかかわらず、全ての船舶が青函連絡船を避航しなければならないと、特別規定がありました。
この連絡船優先規定も、連絡船廃止後になくなったようでした。
長い間にわたり、携わっていても、わかり難い事もたくさんありました。
towadamaru7
2017/07/19 11:55

コメントする help

ニックネーム
本 文
  • 占い&お楽…
  • 青函連絡船の思い出と我が人生航路 420 towadamaru7のブログ(十和田丸のブログ)/BIGLOBEウェブリブログ
    文字サイズ:       閉じる