towadamaru7のブログ(十和田丸のブログ)

アクセスカウンタ

zoom RSS 青函連絡船の思い出と我が人生航路 421

<<   作成日時 : 2017/07/17 20:23   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 2

     針路もいろいろ


青函連絡船は特段の理由がなければ、定められた基準航路を航行した。前号のように横切り船の避航は、日常茶飯事ながら、それとて全く縁がない航海もあった。


第6054便(0130〜0610)という深夜の4時間40分の航海があった。ダイヤ設定の都合からであり、能力は他船と同じく3時間50分が可能の新貨船だった。さすがにワッチ(当直)は途中で、区切っていたと思う。


画像

         青函連絡船サインカードより


航海速力14ノット台まで減速するから、なかなか船が進まない感覚があった。ある時に関連する東航船で、右舷に見る横切り船が5隻と多く、全てこちらが避航しなければならなかった。


その頃にCPA(最接近距離)の研究をしており、3海里という話題もあったが、考えただけで現実は無理と感じていた。


CPAは別にして右舷前方からの、横切り船を避ける場合に、早めにその船に船首を向け、本船の態度を、早めに相手船に知らせる方法がある。


相手船の方位の変化がなければ衝突するが、早くに向けると方位は左に変わっていく。それは本船が他船の船尾を通過することを意味する。

画像

           青函連絡船新造貨物船



本船は針路178度で航行しており、195度4海里に横切り船を見て、方位変化が少ないため、195度に変針してしばらく走り、衝突の危険が無くなってから、原針路の178度に戻した。


これを避航後に211度3海里に別の横切り船があったので、早めに安全にかわるように、167度まで左転した。


左転の場合は注意が必要で、ずっと右転を続ければかなり航路を外れる。さりとて安全には代えられないため、その辺りの勘案が要る。因みにすべてCPAは0.7海里以上だった。


避航等の外は気象海象の状況により、針路を変えなければならなかった。新貨船はウネリや大きな波に対し、横揺れが大きく仕方なかった。


波はともかくウネリが出ると、階級が1でもほとんど基準コースはきつかった。客船ではほとんど気にしない程度でも、新貨では違いがあった。3ともなれば東でも西でも、更に動揺が大きくなった。


津軽海峡のウネリの特性は、西寄りのウネリでも、北部ではWSW(西南西)、中央でWest(西)、南部でWNW(西北西)というように、地形に合わせ微妙に変化していた。

船の針路変更はそれとして、日常の実務でC/Oはたえず変針(小回り)がついて回った。ある日の実務をピックアップすると、気がかりな貨車が中線ならば、中線の貨車作業だけ立会うこともあった。


次の便で着後に支障が無くなり、スターンライン(船尾索)ウインチの、オートテンション張力試験すると2〜3トンだった。


次便に荒天が予想され、「マルタトクカモツマヌ」の貨車制限も、4番線後部に動物2車、液体塩素1車が積載されていたので、桟橋側へ気を付けるよう抗議した。


もちろん本船側の確認ミスもあったが、おくれ遅れで積み切り出港となれば、なかなかチェックできない盲点があり、本船でも気を付けるが、一義的に守ってもらうしかなかった。


画像

          青函連絡船ブリッジ



ブリッジ前面の窓は丈夫な強化ガラスを使用していたが、強い波や振動そして競合的にヒビが入る事もあった。同様に旋回窓までひび割れがあった。左舷側だったから、多分下り便の荒天に衝撃を受けたのだろう。


車両甲板4番線レールの溶接離れがあり、専門業者に修理手配していたが、当然ながら前便で「4番線欠」、「キケツマヌ」の制限で打電した。


上記の轍を踏まぬように、入港前のVHF(無線電話)で再確認した。貨車を積んでいては作業にならないし、溶接作業に火花が出るから危険品は厳禁である。


全て一乗務で起こった事柄でないが、ほぼ近くに発生した一部だった。当然ながらいろいろな事象に、小回りが必要な一例だった。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
この新造貨物船とあるのは、石狩丸ですか、石は判るのですが次の字が良く判りませんが間違いないでしょう、綺麗な船ですね。ブリッジの窓ガラスにヒビが入るとは津軽海峡恐るべしです。
mukasinohito
2017/07/27 23:37
細かいご指摘ありがとうございます。実は写真の船は石狩丸です。
新造貨物船も第1グループの、渡島、、日高、十勝丸と間隔を置いて、第2グループ空知、檜山、石狩丸がありました。
窓ガラスの件は渡島丸でしたが、あえて石狩丸を出させていただきました。
個人的に一等航海士になり、最初の船が渡島丸(専属)に乗船しました。
最後の建造の青函連絡船が、石狩丸でした。その受取に行きまして、思い入れがありました。
その石狩丸も最後は、客貨船に改造され、貨物船の石狩丸の姿は無くなりました。
そんなことも考え、本船の画像を添付しました。誠に勝手ですが、その辺りをご理解ください。
因みに時期は違ったと思いますが、新日本海フェリーの船が日本海で大波に遭って、フリッジの窓ガラスが破損して函館で修理のニュースがありました。
状況を知りたいと、注意して入港を待っていたことがありました。
津軽海峡ではそんなに直撃は少ないので、いろいろなことが重なったものと考えていました。
towadamaru7
2017/07/28 10:31

コメントする help

ニックネーム
本 文
  • 占い&お楽…
  • 青函連絡船の思い出と我が人生航路 421 towadamaru7のブログ(十和田丸のブログ)/BIGLOBEウェブリブログ
    文字サイズ:       閉じる