towadamaru7のブログ(十和田丸のブログ)

アクセスカウンタ

zoom RSS 青函連絡船の思い出と我が人生航路 428

<<   作成日時 : 2017/08/10 22:10   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 2

いろいろな航海


航海には長距離から短距離まで、期間もいろいろあり、航海ごとに順番か名称を、付けるのが一般的である。世界一周航路のようなものから、国内各港間など種々あり、就航時の第1次航から、順次増えていく事になる。


青函連絡船では函館から青森に向かう航海を、上り便と称し偶数の便名で決めていた。青森から函館を下り便で奇数の便名だった。


特殊な状況では一般航海を終え、入渠地に向かう場合を、docking Voyage(ドッキング ボエイジ 入渠航海)などと呼ばれた。


一例として横浜ですべて揚荷を終了し、神戸でドック入りすれば、普通のものと区別されることが多かった。青函連絡船の終盤は、ほとんど函館ドックに入渠したので、せいぜい1海里以内と近く、D.Vというよりもシフトの扱いだった。

画像

                大神神社      

一般に航海により所用時間が異なるが、青函連絡船については一部を除き、ほとんど3時間50分を基本に大差なかった。


たとえ実際の時間が同じでも、状況により感覚には差があった。やはりトラブルがあれば長く、順調な航海では短く感じた。


これは私たちの人生においても、よく似ているのだろう。どなたも社会人になり、順風満帆に進めたケースは、ほとんど無いと思われる。それでも入社から一つの会社で、定年退職を迎えればよいだろう。


自分は大きく分ければ、商船三井、青函連絡船、連絡船以降、定年退職後ぐらいに分類される。古い二つの時代の方が、多く年月が経つが記憶が鮮明で、最近の方が消えている様である。それは船という基準の物差しが、しっかりしていたからだろう。


はっきりしない中にも、強く印象に残る一連の出来事があり、断片的に取り上げてきた。数年前の真夏に奈良の友人のご厚意で、初めての奈良の見物が出来た。


厳密に言えばその半年ほど前に、飛鳥文化バスツアーで、明日香村を訪ねニアミスが、きっかけになったかも知れない。わざわざ暑い時でなく、紅葉の良いシーズンが常道であるが、男どもは妻たちのアドバイスをよそに決めた。


歳をとればあまり間を置かず、出来る間をモットーに急いだ。早い実現が本音だったが、結果的にこの時期しかない、最良のタイミングとなった。


同じ年(2013)に式年遷宮にあたる伊勢神宮と、出雲大社の参拝につながった。これも友人ご夫妻の、持ち前の行動力と機動力に、地の利で集めた情報や、アドバイスによるところが大きかった。


さらに開創1200年記念(2014)にあたる、四国遍路で八十八ヶ所を回り、高野山で満願を迎えることができた。奈良からは隣県で、色々いきさつから、後押しにより迷いなく実行できた。


バスツアーの遍路は順調でも一年余りかかり、健康を維持しスケジュール調整など、意外とプレッシャーになった。なかほどで日ごろから持病を押し、元気で飛び回る妻が、お寺の石段で、何となく異常を感じる時があった。病院の血液検査なども、特に変化はなかった。


この間にも友人たちの懇親会や、身内の不幸など幾度かあったが、日程がぶつからなく感謝した。一度のちに日取りが決定の、法事があったが勘弁してもらい、巡礼中に合わせた参拝になった。


遍路で何十年ぶりに知人に出会い、人と人の縁は人生航路そのもの、まるで知らぬ港で、船と船が再会したようだった。


とりわけ信仰心が厚いものでなく、ごく普通人であるが、記念の年の両参りと、四国八十八ヶ所巡礼は、言葉で表現できないところがあった。


さかのぼり奈良の大神神社は、古く歴史に誇るとおり、その偉大さと尊厳は別格と感じた。妻の得意分野から予備知識を、小耳にはさんでいたせいも、幾分あったかもわからない。


実現できなかったことが、奈良旅行をきっかけに、一気に解決したと言っても、過言ではないと感謝している。

画像

        作業中に沖合を航行


前後してブログを書き始めたが、ここ数年の航海のログブック(航海日誌)や、チャート(海図)になり得ればよいが、上手くいかないようである。


例えば第100話あたりまで、頭の中で整理できているが、今の400台になると、ほとんどコンパスやチャートも無いに等しい。4倍になれば4分の一ぐらい覚えていいはずが、そうはならない。

近ごろ2〜3年と感じると、現実は数年も、5年といえば10年近く、年月が経っているケースが多い。同様に20話ぐらい前に書いたと思えば、実際には50も前のことが多く、効率が悪くなっている。

画像

           沖合を航行



ふりかえれば何気なく、同じように繰り返し、まるで定期船のようなところもある。第5話に登場の方も、各所に話題を提供してくれ、先月もお盆の先取りで、近距離航路のようだ。もっとも古くは青函航路から、三十数年を超える重みがある。


お盆が近づき島の墓掃除が恒例であるが、加齢とともにプレッシャーが増している。掃除と言うよりも、開墾に近いようである。毎年のお盆や第73話の彼岸などで、今年はとくに暑さが厳しく、一回で無理と考え二回に分けた。


昔ながらに沖合を行く船を見るが、子供の時とプロになっての着眼は異なっても、風景に変わりはない。狭い海峡は本船航路でないが、先祖は海賊か手伝いをしていたか、変な空想をする時もあった。


画像

            どこから手を付けるか?


蚊、ハチにムカデやヘビなどに注意がいるが、最近はイノシシが出没するらしい。前回に大方かたづけて、今日は二回目だったので、集中してあまり時間をかけなかった。それにしてもこの種の航海は、いつまで続けられるか自信がない。


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
お盆も終わり少し涼しくなってきたと感じていたら、直ぐに猛暑に戻り残念、towadamaru7さん毎年島のお墓掃除ご苦労様です、暑い中大変でしょう。二回に分けられたそうですが其れもまた大変です、「蚊、ハチにムカデやヘビなどに注意がいるが、最近はイノシシが出没するらしい」之には驚きました。沖を航行している船舶の様子等景色が良いのが息抜きになる様ですね。
mukasinohito
2017/08/16 22:59
お盆の墓の整備も、いつまで続くか、悩むところです。
年々ましていく暑さと、加齢による体力の衰えを実感しています。
イノシシは17年ほど前に、松山勤務の時に、大三島へ泳いで渡るのが、目撃されたそうです。当初は半信半疑だったそうです。
それが今や瀬戸内の島々に増えたようです。

沖の船は潮に寄って、通行が増えます。
1990年代だったと思いますが、東予から神戸行き四国オレンジフェリーが、上り便に詫間へ寄港し、ここが指定航路になっていたようでした。
小型船は詫間、多度津あたりへの近道でしょうか。
フェリーは1万トン以上あったのに、ここは通行できたのでしょうか。
粟島沖(南)を東へは無理と思っています。
towadamaru7
2017/08/17 22:24

コメントする help

ニックネーム
本 文
  • 占い&お楽…
  • 青函連絡船の思い出と我が人生航路 428 towadamaru7のブログ(十和田丸のブログ)/BIGLOBEウェブリブログ
    文字サイズ:       閉じる