青函連絡船の思い出と我が人生航路 493



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         犬吠埼




       予感をすり抜け





もう一回は青函連絡船廃止の前年、「北海道フェアin HARUMI」の周遊に、十和田丸で東京晴海に向かっていた時だった。



最大で最後のイベントなので、十和田丸船長として、失敗が許されない宿命をおびており、いろいろな角度から、たびたびブログにも載せてきた。



第42話に書いたよう9月3日午後10時ころに、左舷後方からの追い風も良くない予感がした。この日は朝から順調な航海で第21話の、STV(札幌放送)との通話のようだった。(ダウンロードすれば音声の一部が聞こえる)



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        青函連絡船のフラッグシップ 十和田丸




房総半島の東方海上は、ただでも厄介な海域である。20年近い歳月をさかのぼり、正に12話の大事故を思い出した。



一方で今回は風の吹き始めで、そのまま注意深く航行すれば、心配ない予感もあった。事故の教訓を肝に、より船の安定を計りながら、慎重な航海を続け邪念を振り切った。




この記事へのコメント

mukasinohito
2018年05月07日 23:33
過去に色々な思い出がある海域で、良く無い波に遭遇して悪い予感に駆られた事さもありなんと思います。それにしても12話13話の事故あらためて読み返しましたが大変な経験でしたね。
2018年05月08日 20:08
いろいろな事故の中で、本当に船乗り人生で最大の事故でした。
しかしのちに運航の責任者として、本当に役に立ちました。人生は背中合わせの事も、多いのかも知れません。

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