青函連絡船の思い出と我が人生航路 522



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          この大きなデリックブームが暴れては






       技の盗人も   ああ!とまらない




南北に長い日本列島なので、ところにより気温もかなり違う。また標高差により天候も異なり、一概に言えないが、路面の凍結など神経質になる時期である。



走行中の車からタイヤの、脱落に関わる事故のニュースよく耳にする。今の季節に多発の傾向が見られ、夏用タイヤからスタッドレスタイヤ交換のタイミングでもあるらしい。



作業に慣れないドライバーが多く、ホイールナットの締め付けが不十分など、技術的に未熟な点も考えられるが、因果関係は明確でないらしい。



北国では最低でも年に、2回の交換は必須で大変な作業となるが、安全な走行には欠かせない。暖かい地方では、山間部などを除き、タイヤ交換しないのは助かる。しかし函館では雪や凍結により、幾度となく怖い経験があり、こちらでも路面の状態が人一倍気にかかる。




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        雪道はスリップし易い



交通機関としての乗物は安全であるが、一歩間違えれば危険が潜む。船にもいろいろ考えられるが、衝突など対外的な事故と分別し、内側の一例をひも解いてみたい。



隙あれば操作や技術を盗もうと企み、‟技の盗人”のような私は、周囲から見れば面倒で邪魔な、存在だったかも知れなかった。しかし良いと思い悪く出ても、経験して分かる事もあると思っていた。


一般商船の荷役作業で一般の雑貨は、2本のデリックを固定し、カーゴフォール(ワイヤロープ)を2台のウインチで、伸縮させながら作業をする。いわゆる喧嘩捲き(shifting guy system)と云われ荷役が早いが、操作が困難でもある。



ウインチの操作はステべ(荷役業者)の、専門のウインチマンが当たる。船でカーゴギアー(荷役設備)の、準備や手仕舞いでも、ヘッドセーラーや二番手など、ベテランが扱う習慣だった。




デリックブームはデリックポスト(マスト)から、トッピングリフトというワイヤーで、吊下げられ、角度を決めるとあまり変更しなくて済む。



ときに変更する場合は、必ずセーラー(甲板員)や甲板手が、ペアーで扱った。トッピングリフトは、ストッパーがついた専用のリフトギアーがついていた。



深夜帯に一人の当直のセーラーは、他のハッチに呼ばれ、手薄になっていたので手伝わせてもらった。普通は無理であるが、背に腹は代えられない状況に便乗した。人がするのを見ていると簡単でも、左にあらずとんでもないことになった。



車の坂道発進を連想すれば分かり易く、マニアルならブレーキと半クラッチを、組み合せたような微妙な感覚を、保たなければならなかった。オートマと云えども急な坂ならば、DやLレンジに合わせても、ブレーキペタルから足を離すと、ずるずるバックすることもある。



セーラーがリフトの詰めをかけ替えるまで、停止させなければならない。素人のような自分は、蒸気を止めれば、じっと止まってくれると考えていた。しかしデリックブームの自重などで、下がり始めるので、蒸気をあげると捲きすぎる。



坂道の未熟運転の如く、デリックブームが上がったり、下がったり踊り出したのに驚いた。あわてて一緒のセーラーが駆け付け、助けてくれると同時に、何処からかボースンか誰か飛んできた。



アプレンティス(見習航海士 Ap/O)だったので、この機会を与えてくれたセーラーには、本当に悪い事をしてしまった。



しかしこの失敗が、後々いろいろな場面で、かなり役立ったと思った。因みにこれが電気ウインチだったら、カチッ、カチッとあわせたノッチの位置で止まるが、遊びがなく力も強くワイヤーをきり易い事になる。


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         デリックブームが乱立し戦闘モードもクレーン使用も?





このころ日本一の日本郵船は、豪州航路にもSクラスの優秀船が投入されていた。12000馬力の高速船で、電気ウインチも装備されていた。こちら第二位の大阪商船は、8100馬力で蒸気ウインチと見劣りがした。



ほぼ同じ航路を航海するため、一番目立つのが後から出航して、次の港へ先に着かれると、あまりいい気持ちはしなかった。例えば神戸港で長く荷役ができ、伊勢湾へはお先にと云う感じだった。



追いつけ追い越せの精神はしっかりしても、背中が遠くなるばかりだった。自らの失敗からいろいろ思い出すことが多い。












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この記事へのコメント

mukasinohito
2018年12月01日 00:39
タイヤ交換と云えば、大型トラックからタイヤが外れての死傷事故を時々ニュースで見ますが、自分で交換あまり自信がありません、走行中パンクで昔二回程しましたが。北国では年に2回と云われていますが、私は50年で2回です、自信が無いのも無理ないですね。
2018年12月02日 09:53
大型トラックなどは、重量も重く構造や技術と経験から、普通の人には出来ません。
あれが回転しながら、暴走するととんでもない危険に、さらされるでしょうね。しっかり原因を究明し、対応をしてもらいたいものです。
北国では夏用タイヤから、冬タイヤに取り換えなければ、走れないので必要不可欠です。
最近はタイヤやチューブの品質も良くなり、道路も舗装が完備し、パンクが少なくなりました。
本当に運のいい人は、タイヤ交換もしなくてすむでしょう。
一方でスキードライブや、山間部のニーズに多様化され、最近のオートショップなどは、バラエティに富んでいるようです。
L28改
2018年12月14日 23:26
ご無沙汰しております。
こちらは観測以来、最も遅い積雪を記録した地域もありましたが、今はいつも通りの雪国となりました。
降雪がのんびりでしたので、皆さんそれぞれのタイミングでのタイヤ交換となった様です。
掲載の写真は、大沼プリンスホテルさんの敷地内かと推察いたしました。ワンショットから場所を思い出す事が、個人的に結構好きでして。間違っていたらすみません。
2018年12月16日 11:54
タイヤ交換の時期は、天候と相談しながら、悩ましいでしょうね。
積雪が遅いのは知りませんでしたが、天気の変動が激しく、北国のご苦労を思い出します。
おっしゃる通り雪の写真は、大沼プリンスです。
平成20年(2008)11月20日頃に、函館へ家族旅行では、天気情報からも雪は心配なさそうでした。
函館時代も大体11月20~月末にタイヤ交換していました。大沼は函館よりかなり冷え込みますが、スタッドレス装備なら大丈夫でした。
ところが東北上空から、函館空港に大雪が降り、除雪が追いつかず、千歳へ着陸カモと云う案内放送がありました。
上空で待機しながら旋回しても、ときどき恵山方面とか上磯の山々が見えるくらいで、全く見えない状況でした。
2回ぐらい着陸を試みても不可能でした。かなりタイミングを見ていたようですが、3回目ぐらいでしょうか、汐首の南方の津軽海峡から北西方向に飛び、陸岸すれすれに左急旋回、わずかに海岸線が見え、石﨑あたりでしょうか、西北西に向いた時も、ほとんど見えなかったですが、何となく着力を確信しました。
たしかにあの風雪で、函館空港はむつかしいでしょうね。
何処かでブログにも書きましたが、キャプテンの機内放送で、相当の可能性を感じ取りました。かなりの技術と自信の裏付けがあったと、職業柄感じ取りました。

ところが空港を出ると、一面に真っ白の圧雪状態に、少なからず足がすくみました。
いい事にその時は、スバルインプレッサーを予約していました。
あれだけ慣れていた雪道運転も、しばらくぶりでさすがに緊張しました。
湯倉神社から産業道路に入り、ドラッグストアに寄って、休憩して平常心になり、運転も慣れた思い出があります。

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