青函連絡船の思い出と我が人生航路 571 



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なんでだろう!





人生ついている時には、あまり心配しなくても、全てスイスイ回っていくが、ひとたびつまずけば、少々の修正や努力で、好転させるのは難しい。



この人生行路が船の航海によく似ており、「人生航路」の言葉でつなぎ、持論として使わせてもらっている。




青函連絡船の主機は、1600馬力を8台(合計12800馬力)装備し、静穏ならば6~7機を使用して、定時運航できることが多かった。



函館~青森間の所要時間を、3時間50分とすれば、中ほどを航海速力18.2ノット(時速33.7km/h)で約3時間弱航走し、残りは出港と入港スタンバイスピードに減速した。



船長の自助努力による、操船時間の短縮も見込めば、早すぎるため入港前から、5台の運転が一般的だった。



ところが接続列車が遅れ、青函間で遅れを取り戻そうと、8台の全速力で走る場合に、なかなか回復がむつかしく、まさに人生そのものコピーのようだった。



出港時の加速もよく防波堤外に出ると、すぐに17ノットぐらいになる。しかし第9話に載せたように、急病人のため引き返すとき、いっぱいに上げてもスピードが出なかった。



また東京へ周遊航海で、浦賀水道でパイロット(水先人)が乗船後に、加速や減速に対応できるように、8機全速運転していた。


この海域は12ノットにスピード制限されていたが、急加速には瞬時に14ノット以上出し、スムースに12ノットの船隊に合わせた。


パイロットからスピードを上げる要請で、翼角をどんどん上げさせるが、スピードを上げるのに、時間がかかりすぎた。いくら強風や潮流の影響でも、信じられなかった。


いずれも青函航路以外へ周遊であったが、クジラでも引っかかっているのか思わせるほど、

本当に船も人生もなんでだろう!



この記事へのコメント

mukasinohito
2019年07月16日 12:48
8機全速運転で、スピードが思うように上がらなくて、鯨が引っ掛かっているように感じたとは、面白い表現ですが、精神的に負担を感じていたことと思います、色々有りますね。
towadamaru7
2019年07月16日 23:42
本当にスピードが出ない時は、そんなに感じることがありました。
やはりスピードが上がらないのは、何かの原因があるのでしょうから、難しいのでしょうね。
まさに人生そのものかも分かりません。いくらあがいても、先は決められているのでしょうか?

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