青函連絡船の思い出と我が人生航路 573

    失格かも


客船は1年に1回ぐらいのペースで、定期的な整備や修理をする。本来はこれで調子がよくなるはずであるが、なかなか理屈通りにならない。

たくさんの機器を使っているが、回転する部分や接点はベストでないが、長い運転により妙に落ち着くースがある。逆に新品に取り換え、不具合になることも珍しくない。

この度プロバイダーのメンテナンスに伴い、大リニューアルが行われ、本来は画期的な改善がみられるはずだった。しかし今のところは不具合が出て、ブログを書くのは悪戦苦闘している。

余りの異常に直接問い合わせると、ほとんど付帯の作業がついていかないようである。いわゆるマニュアルと現実が連動せず、いわゆる天測暦を見ながら、トリム計算をするようである。試行錯誤を重ねながら、やるしかないだろう。


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       青函連絡船 十和田丸


青函連絡船の十和田丸乗組船長ともなれば、優雅な船内生活と思われがちだったが、現実は頭を下げ謝る姿が多いかも知れなかった。

たたけばホコリが出るどころか、大きなゴミが出かねない。A,B,C三組にわたる多くの乗組員をかかえ、通勤途上の交通事故から、知らないとことで何があるかわからない。

旅客の投身事故は不可抗力としても、事故の処理が適切でないとか、整備不良で定時運航をできないとか、数えればきりがないが、頭を下げるのは簡単である。

法律や部内規則で雁字搦めに、決められることは本人も、知らないほど山のようにある。これらは頭を下げるぐらいでは、すまないものばかりだろう。

終盤の十和田丸はB組船長が、欠員のまま代務の船長が務めてくれた。当時の予備船長はベテランばかりで、技術的に全く支障はなかったが、B組乗組員には精神面で苦労をかけ、総合的な面で戦力低下は否定できなかった。運航面では席次に関わらず、当務の船長が責任を持つので、かえって八甲田丸で二番手の方が気楽だった。


列車は最高速度に近い走行なので、遅れたらほとんど取り返せなかった。その点で連絡船は海上を走り状況により、少し時間を回復できる場合があった。

もともと遅れる時はマイナスファクターがあり、そんなに簡単でないことは度々述べてきた。また具体的な時分について、細かく取り上げたことがあった。アドバンテージを誇る十和田丸も、スピードの点では厳しかったが、あまり無理はしなかった。い

一般の1軸固定プロペラの商船は、エンジン負荷、スリップ、シーマージンなどは、いろいろ言われている。2軸可変ピッチマルチタイプの青函連絡船も、国内をリードした初期の自動化船のため、理論や諸試験のデータは、有り余るほどあった。

そんな中に自分は自分流の、経験を主に運用した。一般船はエンジンの負荷は、80パーセントぐらいであるが、連絡船では82~85パーセント目途とした。


あまり無理をしない主義であったが、終航の前年5月末に少し頑張り、あまり結果が出ない中に、記録的なことがあった。前便第9便でウインチが故障し、可動橋が接合できず大幅に遅れた。31日の折り返し第2便(0040~0430)は、35分遅れ出港した。


青森駅から大阪行き特急白鳥はじめ、盛岡行き特急はつかり2号(盛岡からやまびこ上野行に接続)、4号(同)・・・・・主力優等列車の接続がひしめく。

共に04:50発の白鳥、はつかり2号は、接続時間が20分しかなかった。当然ならが待ってくれるだろうが、本船に原因があり頑張るしかなかった。悪いことに上り便8便中で、3時間50分は第24便と第2便だけで、他は3時間55分運航だった。

チーフエンジニア(機関長)にできるだけ奮発ねがい、十和田丸最大出力の8台のエンジン、CPP27.0と,27.5まで何とか上げた。実に負荷は87パーセントを超えた。

風速も5m/sec以下で味方してくれ,C/O(一等航海士)の航海当直に託した。2/Oや舵を持つQ/M(操舵手)もベテランで、コンビネーションもよかった。

青森東航路も何時もより過大スピードで進入し、バース500m手前で9.5ノットと、いつもより1.5ノット以上出ていたが、後の操船もイメージの通りできた。おかげで25分取り返し青森港へ10分遅着となった。

お客様へは接続できて責任を果たせたが、あまり褒められたことではないので、今まで黙っていたが、時効と思われオープンにした。航海者としては恥ずべきで、失格かも知れなかった。





この記事へのコメント

mukasinohito
2019年07月18日 22:26
函館を35分遅れで出港して青森に10分遅れで着いたのですから25分の短縮ですね相当なスピードが出たようで571話の場合と違って良かったでは有りませんか、機関部には頑張って貰った様ですが、乗客は感謝した事でしょう。港内操船を通常より急いだ事を反省されていたようですが、自信を持って行われたのですから良いと思います。
towadamaru7
2019年07月19日 00:34
私はこういうことはやらない主義でした。どちらかと云えば慎重な方で通っていました。
スピードの出ない十和田丸で、いろいろ有利な条件がそろった唯一のケースだったと思い、例外として出しました。
船舶運用学からは、いただけないと思います。