青函連絡船の思い出と我が人生航路 588

台風恐るべし 万難を排して向かった函館、そして青函連絡船であったが、当初はそれほど夢のあるものでなく、むしろ前途多難な船出だった。これまで綴ってきたので、これらは控えたい。 土俵へ上がる前から行き違いが多く、相撲を取らせてもらうまでいかなかった。船や船員が柱の船会社に比べると、国鉄の中の一部で、複雑な組織に責任の…
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