青函連絡船の思い出と我が人生航路 635

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私の履歴書2
と続きたいところであるが、紙面を埋められるほどの功績も無ければ、とてもネットに耐えられるほど何もない。



コロナに関わるこの時期なので、法事を控える施主は適切であるが、生母の墓参りぐらいしなければと、梅雨の合間に田舎の島を訪れた。



これまでも古里の島の様子には触れたが、定期船の乗客はほとんど見られなく、コロナで余計に拍車をかけた感じがした。



常にはついで参りしないが、特殊事情なので島内に点在の、たくさんの墓地を回り、般若心経など唱えさせてもらった。



年に何回も訪ねていたが、ここ3年ほど行けなかった。生まれ育った地区は廃墟が連ね、イノシシの後が目立つだけである。



山や海の自然は変化が少なく、履歴書のように昔の思い出が浮かんだ。



このところスタンダードコンパスが狂ったように、なかなか針路が定まりにくい。何とかマイペースに戻りたいと、生活のリズムをつかみ、もがく日々がつづく。








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この記事へのコメント

mukasinohito
2020年06月22日 20:49
お墓参りご苦労様でした、歳を取ると行動力が悪くなりますがそれにもかかわらずお母様のお墓だけではなくて、沢山の墓地を回られたとは、感心しました。「生まれ育った地区は廃墟が連ね、イノシシの後が目立つだけである。」とありますが、住んでいた人も絶えたと云うことでしょうか、過疎化が進んでいるのでしょうね。
towadamaru7
2020年06月26日 15:07
本当に年を取るごとに、遠くなる感じがします。
滅多に行けないので、せっかくのチャンスを欲張りました。
過疎化が進んでいますが、島全体としては人はいますが、私の生まれた地区に、今は誰もおりません。
瀬戸内芸術祭では、島も賑わっているようです。