青函連絡船の思い出と我が人生航路 645

3年サイクル 若い頃からひとつの考えを持ち、根拠があるわけでないが、3~4年というサイクルで、業務をこなせる循環説のようなものである。 新入社員はもとより地位が上がり、新しい職種に就き引き継ぐと、分からないことも多いが、必死で取り組むはずである。 1年間がむしゃらに取り組み、2年目には自らの…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 644

基本は これまでもいろいろ述べているように、青函連絡船には良い伝統や習慣が多いが、凝り固まりすぎると違和感もあった。 青函連絡船の船員もいずれかの船に、配属されるのが一般的であった。特に若手の海技職員が、何処からもお呼びがかからないのでは、寂しい限りでもある。 一方で…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 643

周知期間 天候にあわすかのように、すっきりしない日々が続く。ひとつにはコロナであるが、それもまちまちの発言に、何を信じてよいか分からない。 以前の「海の記念日」のころは、固定化されていたせいもあり、いろいろな行事も幅広く根付いていた。かえって祝日に格上げのあと、縁が薄くなった気がする。 …
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 642

遠近より大切なもの みんなが見えないコロナウイルスに、悩まされる日々が続くが、相反する要素が重なり、一気に解決の妙手はない。 政権の中枢や各界の秀でた方々の、頭脳を結集しても難門が、我われ凡人に分かるはずもない。 というよりこの期におよび、どんな生き方をすればよいか迷…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 641

心のつながり 直接かかわる運航面や、勤務体制の恩恵のほか、青函連絡船には人と人の、深いつながりという、素晴らしい面が形成されていた。 抽象的なようであるが、一般商船と比べると一目瞭然である。一般船に乗務中は、非常に深い連携が保たれるが、いったん下船すると、次に会うチャンスは…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 640

檜山丸は客船ではなく、自動化になる前の船で、基本的には一般商船に近かった。スピードは遅く航海時間が長いため、気分的にゆったりできた。 計画的なものも入れ運休便や、待機等を含め時間的な余裕があり、機器の保守整備や勉強によかった。 視界不…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 639

相思相愛 相思相愛というほどでもないが、いい関係にあった商船三井から、青函連絡船に移るにあたり、いろいろこだわりもあった。 いっそ喧嘩別れならば気を使わないが、応援し送り出されると、会社の名を汚せてはならない考えが強かった。個人であり考える必要はないが、ついつい名門の会社が重荷になった。 …
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