青函連絡船の思い出と我が人生航路 126

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             西部地区から ハリストス正教会 函館港



八甲田丸入港エンジン使用



普段は一般の方々は立ち入れないブリッジ(船橋)である。時々見学コースに組み入れられることもあるが、海峡の中ほどの変化が少ない海域である。青函連絡船では終航を控え「心にきざもう連絡船の旅」をキャッチフレーズに一大キャンペーンを展開していた。


やがて消えゆく連絡船の思い出をより多く残してもらうように、希望される方々には安全に支障がない範囲で、出来るだけブリッジの見学に対応した。終盤には気象状況が良ければ、出入港スタンバイ中でも積極的に見学させてあげた。


緊迫感がありリアリティに富み最高の場面であると思う。青函連絡船はブリッジが大変広いので、邪魔にならない適当なスペースもある。静かにしていてくれれば問題もないし、もちろん騒ぐ人などいるはずがない。
見学の方がおられたとて、我々の操船に影響することもない。


むしろ同業者や内輪の人の方が、やりにくい面がある。同じ連絡船の船長が一番かも知れない。従って所用で乗船していてもスタンバイになると、お互い場所をはずすような気遣いがあったようだ。船長実習以外は二人そろう事はまず無い。

上手く着岸操船が出来たようであっても、細かい部分は必ずしも描いた通りにはいかないものである。プロ野球でピッチャーがアウトコース高めを狙って投げたら、インコース低めになり空振り三振に結果オーライとなるような似た場面もある。

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           この岸壁へ着岸するとき



船舶運用で入港操船では、一般にエンジンは小まめに使い大きい使用は良くないとされている。函館一岸壁に着岸の時であるが、何時もと同じ操船法で風も弱く何の問題もない。ところが二岸壁に着岸中の甲便が少し近く感じたか、左舷機の停止が遅かったか、ハーフアスターンをかけると強すぎ、行ったり来たりとなり、岸壁そばで瞬間的ではあるがfull(全速)まで使うことになったのは、この時が最初で最後だったようだ。


前後に行脚が強いと抑えるためには、それ以上の力をかけなければならない。結果的に行ったり来たりすることになる。岸壁付近の機関使用については小まめに操作するように教え込まれていた。もちろん一般海域で避航動作を相手船に知らせる時や、切迫した危険の回避には大きく使われる事がある。


呪文の如く覚えているのを、実感したひと時でもあった。この時も見学の方がおられたと思うが、何ら支障はなかった。何事も無く運航しているが、些細な出来事はいろいろ多く折々に紹介したい。


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