青函連絡船の思い出と我が人生航路 611
ひきしめる
船は海に浮かんでいるので、状況により危険な場面があるかもしれない。4時間ほどの青函連絡船の、航海も同じものである。
一概に言えないまでも出入港の多い青函連絡船は、入港スタンバイ中の事故が心配された。
船舶は広い海域から港に集まり、狭いところで行き会うという、外的な事情が考えられる。
通常の航海状態から、発電機を並列運転する等、設備の増強や、十分な要員の配置をして、安全運航に努めるわけである。
しかし狭い場所での操船は、舵やエンジンを頻繁に使い、故障などトラブルが起こりやすく、少しのミスからも危険に陥りやすい。
このような技術的な対応に加え、精神的な習慣やしぐさもあった。ワッチ(航海当直)中は制服が原則であるが、寒暖により上着を脱ぐこともある。
スタンバイの10分前からは、誰もが身なりや気持ちを、引き締め業務に就くことになった。
船長は入港スタンバイ10分前に、港内の気象を添え報告をもらい、着岸操船のイメージトレーニングをするが、ここまでは個人差も少なかった。
私は居室ではネクタイを外すか緩めていたので、しっかり襟元を締め直した。足元を確かめて、制服制帽に気を引き締め、鏡を見てブリッジに上がる慣わしだった。
商船教育を受ける際も、船乗りは靴をしっかり磨くよう言われた。寮生活で上級生の靴磨きも体験し、プロの手法も見てなじんだ。家庭を持ってからも、靴みがきだけは離さなかった。
安全がクローズアップされるようになり、客室やブリッジ以外では、安全帽に安全靴が、まるで船の正装のようだった。
貸与や支給された新品も残り、足元のトレーニングに散歩で使ってみた。そのうち慣れてしまい、軽く良い靴が頼りなくなった。
恥ずかしながら正規なところでも、安全靴に頼ることもあるこの頃である。
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