青函連絡船の思い出と我が人生航路 679
雪だるま
雪だるま式に膨らむ表現は、往々にして本物の雪だるまの、美しいイメージに重ならない。
コロナの先が見えないなか東京オリンピック、パラリンピックは費用にとどまらず、今や問題がどんどん膨らんでいる。
大きくなればなるほど、コントロールが効かなくなり、今や誰もが止められないところへ来ているようだ。
国民の安全安心を守るのが、国家であり政治であろう。まして選手や現場を、巻き込むのは本末転倒である。
今や開催に否定的な意見は、世論調査などに表れ、最終判断がむつかしいだろう。潜在的に怖いのが、四国や九州の各県の感染拡大で、地方の各地が落とし穴にならないよう願う。
医療界で早くから強調した通りの、感染数の増加となった。感染と経済のバランスによる方針を、一言に語れないが結果はついてくる。
何処もが悪いのは変異株のせいにする帰来があるが、読み間違えた人達は軌道修正し、人気狙いの知事さんたちも原点に戻るべきだろう。
制御不能に陥る人工衛星残骸よろしく、大きくなったダルマさんは逃げられない。不適切発言で辞任の実力者を偲び、インパクトのある女性知事の発信力を、期待するも始まらない。
本当は決断せず既定の流れに任すのが楽だが、私たち庶民はコロナなど書きたくないし、そう望み本筋へ続けたい。
青函連絡船のように同じ航路で、同型船による船隊システムをとると、基本的に全体のペースを乱したくない考えがあった。
既定路線すなわち運航ダイヤに、沿う航行が気分的に楽である。たとえ暴風雨になろうが、その対応を考えれば済む。
問題は大時化や視界不良で、運航継続か欠航に踏み切る境目である。実際には協議など一連の、手続きを踏むが同じ流れである。
青函航路では旅客便(時刻表に記載のもの)のほか、同じ船で貨物便とし循環運航している。
限界に至らず同程度であれば、貨物便では運休しないものだった。荒天の判断にしても、それぞれ幅がある。
安全サイドも見ているから、自分から運航中止をしない、船長がいないでもなかった。やはり周りの状況に合わせる選択もあるのだろうか。
自分は大シケに好かれたのか、超弩級の荒天に遭遇し、責任事故でなくても、海難事故を多く経験した。
そのような関わりで外航の航海士として、青函連絡船でもかなり荒天航法を研究し、どちらかと言えば得意分野であった。
それが故かえって早めに止める考えで、あの檜山丸の船長も同じ方針だった
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