青函連絡船の思い出と我が人生航路 318

                    失敗の名人?                クンシラン かっこいい男が悪人どもから美人を助ける、マドロス映画の主人公のようなシーンは夢の世界である。船乗りは「港みなとに・・・・・」昔から、耳にする言葉や酒などに結ばれることも多い。 全面否定はしないが、あくまでテ…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 317

              長                   シラン 同じ船と言っても船の種類、会社、航路等々により、それぞれ違っていて、船員気質や習慣も、かなり開きがあったと考えられる。 ながく船に乗っているが、知っているようで分っていない事が多い。船員が多い土地に生まれ育ち、DNAを引…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 316

            はるか遠くなるが ながく親しい友人に連絡すると、久しぶりに水島で仕事の準備中だった。深い知識と経験から、この年齢でも続けられるのは、大したものだが、何より気力と体力が充実しているからだろう。 水島と云えばはるか昔を思い出す、昭和40年代に坂出事務所で陸上勤務(85話)の後、タンカー泰…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 315

            基本的考え方 船は海に浮かび、時に孤立した集団にもなる。状況によっては他の助けも無く、自ら解決しなければならない。多くの人命と財産をあずかり、安全な運航には、厳しい対応に迫られることもある。 船員の常務やシーマンシップに、船の規律や慣習も少なくないが、常日頃から基本的な…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 314

            パーサー(purser) 船でパーサー(事務長)とは、事務部を統括する最高責任者であり、接客の実質的なトップでもある。また事務のほか管理部との折衝や調整など、船の官房長官や広報官のような役割も背負っていた。 青函連絡船では事務掛、首席事務掛など経験を積み、パーサー(事務長)に昇格が一般…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 313

             巡りあわせ 鉄道連絡船は一般船舶に比べ、列車の接続などもあり、特にシビアで分単位で稼動の様だった。1時間にも満たない停泊時間は、ロスタイムを少なく、1分と云えども大切にしたかった。 羊蹄丸2/O(二等航海士)時代、船尾入港スタンバイの、思い出が強く残っている。前の船からコンビを組み続け、…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 312

                 船内見学 船の中にはいろいろ珍しい物があり、乗船の機会に見学の希望が多かった。天候で制限の無いかぎり、遊歩甲板やボートデッキや船室は自由に回遊できた。 しかし航海に関係する所は、状況により異なるのは当然だった。誰でも機関室には興味があるが、回転体や油脂で滑り易く危険が伴い、せいぜ…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 311

       地震の影響はあらゆる方面へ 依然として熊本地震は、とどまるところが見られないようだ。前310話で述べたように、勤務で直接に関わらなかったが、地震の後に乗務したことがあった。 昭和58年(1983)5月26日、正午ころ日本海中部地震が発生した。秋田県や青森県の日本海側中心に、津波で多くの犠牲と大きな被…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 310

                                          若き日の 今月14日から相次ぐ地震に、不安な日々を送られている九州の方々に、お見舞い申し上げ、犠牲になられた人々に、哀悼の意を表したい。素人目に考えても、四国はもちろん全国どこでも、発生の恐れがあるようだ。 昭和43年(19…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 309

           客船の船長実習 貨物船船長として6ヶ月ほど経験を積み、いよいよ客船に乗組んだり、代務として派遣されるが、その前に客船実習が実施された。 旧型の桧山丸、空知丸など貨物船は、客貨船より一回り小さかったが、渡島型以降の新貨(新型貨物船)は、反対に大きかった。操船法にそれほど差は…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 308

              サービスのひとつ 先に長野県で起きたスキーバスの悲惨な事故から、大きな忠告を与えられたと思う。単なるバスだけでなく、われら船舶とて共通する部分は多い。 専門的なことは言えないが、素人ても変速ギアーが、ニュートラルになっていたというのは、素直に納得し難い。通常なら自家用小型(普通…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 307

                   つれづれ9(年度替わりも) 新年と並び年度替わりも、大きな区切りの時期となる。官庁や企業では、むしろこちらが主になるだろう。 新入社員や去りゆく人の、人間模様でもある人生航路は、いろいろなドラマがある。たまたま市役所や大病院を訪れたが、一般の目に触れるのは、希望に胸を膨…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 306

  甲斐性?もなくては 相も変わらず週刊誌などで、スクープは尽きないようである。通常この種の場合は誉められるものでなく、不適切な話題が一般的な様である。 青函連絡船において終盤が近付くにつれ、マスコミの取材も少なくなかった。また周遊で各地に寄港したとき、なかでも東京周遊では顕著だった。       …
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 305

      北海道新幹線開業おめでとう             ハリストス正教会付近から函館港を望む 青函トンネルの開通から28年を経て、きょう北海道新幹線が開業した。これによりトンネルの役目も、本格的なスタートラインとなる。 あざやかな色彩にスマートな車体も、北海道のイメージがよく似合い、順調…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 304

       つれづれ 8 (こんなことも)                    クリスマスロースと貝母 彼岸も間もなく過ぎて行くが、昭和63年と重なるところが多い。前号でも3月13日について簡単に書いたが、忙しくて精神的にも落着けなかった。相次いで個々の送別会、引越や見送りも多く、ご本人たちは、もっと…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 303

                 青函博最後の十和田丸出港              3月13日 北海道新幹線の開業を控え、あわただしく準備が進んでいる雰囲気のようである。一方で鉄道博物館(さいたま市)では「海を航る」記念展や、「青函連絡船講座」が開催されると聞いている。 長い年月に余り…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 302

                青函連絡船 日高丸          タッチの差も 同じ青函航路でも、客船と貨物船では大きな違いがあるが、運航形態の似ている便があった。いわゆる新貨(新型貨物船)と呼ばれた渡島丸型で、2隻ペアによる1日5運航(1船2.5運航)の貨物急行便であった。 旅客便…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 301

                  宇高船舶管理部の総本山があった旧高松駅庁舎   めぐりあい 金毘羅さんで知られる琴平での会合も、本殿へ参拝には時間的に合わず、適当にコースを選び散策した。摩周丸、石狩丸、羊蹄丸の絵馬などもあるが、大門(365段)を越え本宮までの、ほぼ中間点近くから、勝手知った裏参…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 300

            北海道新幹線        青函連絡船の女王 十和田丸(ファンの方より頂く) いよいよ3月26日には北海道新幹線が開業の予定で、函館圏も新たな時代の変化を迎えるだろう。昭和63年3月13日の青函連絡船廃止、青函トンネル開業から28年を数えることになる。 青函トンネルは当初…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 299

         塵も積もれば山となる 近ごろ少しおかしな事件や事故が多く、命の大切さを考えなければならないのかも知れない。後から責任者の謝罪する姿が、映し出されることが多いが、何故前もってしないのか。また法律や規則も犠牲者が出てから、取り組むいわゆる後手後手である。 ここでは取り上げたくないが、最近大臣や国会議…
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