青函連絡船の思い出と我が人生航路 549

          新造船 さばな丸       船への愛着 船乗りは特別な事情がない限り、会社の乗船命令に従い、いろいろな船に乗る宿命を帯びている。下船についても有給休暇の権利がつけば、本人の希望を出すが、これとて要員の状況により確かではない。 交代者がいなければ、1航海のばす…
トラックバック:0
コメント:4

続きを読むread more

青函連絡船の思い出と我が人生航路 548

         函館     人生は甘くない きっちりしているようで意外に風まかせ、潮に流されるような人生航路が、多かったかも知れない。まるで帆船のようでも、これは私的な部分であり、仕事では正反対のコースを取らざるを得なかった。 食べ物についても「何が食べたい?」妻…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

青函連絡船の思い出と我が人生航路 547

           時化を行く青函連絡船        自然は計り知れない 年度替わりも今年は平成という、大きな区切りになるだろう。果たして昨年はと云えば、やはり同じようなグループで集まり、とりわけ時のすぎる早さを感じる。 前々回に豪華客船のエンジン故障に少しだ…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

青函連絡船の思い出と我が人生航路 546

         このようになればよいが     何事もやってみることから 気分転換も兼ねて、庭のユズとダイダイの剪定をした。ダイダイは限られるが、ユズは小さな木でも年によりたくさん収穫があり、ひそかに狙う知人も少なくない。 天然の雨水や水道水に、妻が家庭用リサイクラーで作る、有機肥…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

青函連絡船の思い出と我が人生航路 545

         JR高松駅        人生航路もむつかしい 季節は多少の変動があっても、時期が来れば移り変わるようである。急に桜の開花と共に年度末のせわしさも、毎日が休日のような我々には無縁である。 昨日は恒例になっている懇親会で、久しぶりに街の中心部に出た…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

青函連絡船の思い出と我が人生航路 544

         金毘羅さんから見る阿讃山脈       くやしい思い 前回の金毘羅さんから、ほろ苦く些細のことを思い出した。まだ青函連絡船が全盛で、海務部の事故や訓練を担当する主席として、陸上勤務時の出来事である。 船乗りが言うオカに上がり、自分としては嫌な務めだった。青函…
トラックバック:0
コメント:5

続きを読むread more

青函連絡船の思い出と我が人生航路 543

          クリスマスローズがこんにちわ          お彼岸てんこ盛りから飛ぶ 彼岸の中日が過ぎていくが、ここでもたびたび取り上げ、いろいろな思いがあった。瀬戸内の島にある先祖の墓参も、予見していたように2~3年前から、徐々に遠ざかり肩身が狭い。 交通が不便で容…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

青函連絡船の思い出と我が人生航路 542

          函館風景(パンフレッドから)         船長の頭で考えることは この前の人生航路のスタートらしいところから、「私の履歴書」へと続けばよいが、語れるほどの持ち合わせもない。これまで断片的にとりあげ、大きく変わらないと思う。 年月が過ぎ幾分フ…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

青函連絡船の思い出と我が人生航路 541

         青函連絡船 十和田丸(サイン入り栄光の航跡より)        小学生から船長になるまで 小学校の文集の設問に「外国航路の船長になりたい」と書いたが、それほど強い意思が働いたわけでは無く、周囲に合わせたというのが正しい。 すでに述べてきたように、瀬戸内海の小さな…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

青函連絡船の思い出と我が人生航路 540

      3月13日はいかに          ハリストス正教会から函館港 昔から3月となれば、奈良のお水取りが過ぎると、暖かくなる代名詞のよう使われてきた。春を待ちウキウキする季節で、間もなく迎えるが、東日本大震災から、誰もが複雑な気分になる。被災の方々は想像を絶する心労の、8年…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

青函連絡船の思い出と我が人生航路 539

          貝母(バイモ)が出始め        3月3日 3月3日はひな祭りであるが、同時に思い出すのは、青函連絡船の忌まわしい事故だった。過去に何度も詳しく載せここでは省くが、後まで残るのは直後に代務で、派遣された事にもあった。 函館ドックの岸壁に…
トラックバック:0
コメント:4

続きを読むread more

青函連絡船の思い出と我が人生航路 538

       商船三井のニュヨーク航路        棺桶まで 今までの人生をふりかえり、良い友人に恵まれたことは、本当にありがたく随所に書いてきた。やはり知らずしらずに、引っ張られるのか、染まっていくのかも知れなかった。 仕事においても何故かわからないほど、引き揚げてくれ、…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

青函連絡船の思い出と我が人生航路 537

        北海道新聞記事から       人生と洞爺丸事故 船の航海と人生がよく似ていると、自説を繰り返しているが、どちらかと言えば人生の方が、複雑で変化に富んでいるのかも知れない。 先だって北海道でも北端に近い、オホーツク海から経由しながら、道新(北海道新聞)…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

青函連絡船の思い出と我が人生航路 536

        日々、咲き変わる寒アヤメ        オフィサー(航海士) 一言では言い表せないが、船を安全に運航させるため、航海学を身に付けたスタッフで、船長を補佐し、航海当直を代行する。 資格や経験によりチーフ(一等)から、セコンド、サードなどランク付けがある。通常チーフオフィ…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

青函連絡船の思い出と我が人生航路 535

       方位をしっかり コンパス       こっけいでは 一番の寒気に各地で、一段と冷え込んでいるようである。何とか生活ができるのも、年金や医療など社会福祉制度に、助けられていることが大きく、感謝する日々である。 しかしそれらを考えた上でも、いろいろ目に余…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

青函連絡船の思い出と我が人生航路 534

       終航にちなみサインした 十和田丸ポスター       連絡船フィーバー 大型フェリーが本格的に就航するまで、国内の旅客船は離島航路等のほかには少なかった。青函連絡船も旅客船には違いないが、鉄道連絡船という特殊な位置づけだった。 青函連絡船も終航が視野…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

青函連絡船の思い出と我が人生航路 533

        今年も水仙だけは元気       1月はいぬ2月は逃げる3月は去る 「1月はいぬ(る)2月は逃げる3月は去る」昔からよく耳にしたが、月日のすぎるのは早く、年が変わったと思えば、季節の変わり目になる節分である。 ずっと前から隣県の親しい友人たちから、気分転換に泊りがけで…
トラックバック:0
コメント:4

続きを読むread more

青函連絡船の思い出と我が人生航路 532

           海峡の女王を言われた 十和田丸       客船の事故からふりかえる なにげなく新聞を見ていたら、2018年に香川県内の海域で発生した、船舶事故発生状況が出ており、過去10年間で最多だった。            高松港 漁船の衝突…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

青函連絡船の思い出と我が人生航路 531

前向きの人生航路 また厚生労働省で不正が発覚したが、今回は多くの国民に、影響する根深いものである。雇用保険等で算定の基準の、統計が違っては話にならない。 財務省の文書改ざんに続き、中央官庁の不正は、都合の良いデータしか出さず、大切な所は出さないようである。今や原子力等の重要な施策で、真実を知らされなけ…
トラックバック:0
コメント:4

続きを読むread more

青函連絡船の思い出と我が人生航路 530

     いよいよ 隠していたわけではないが、いよいよ満を持しての登場は、ファスートエンジニア(1/E)こと一等機関士である。機関長の意に沿い機関部を総括し、実質的なトップである。 通称エンジンと呼ぶ機関部(Engine Department)は、字句の表すようにエンジンの運転や保守を担っている。…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more