テーマ:羊蹄丸

青函連絡船の思い出と我が人生航路 564

       鍛えてくれた羊蹄丸(函館港南口を出ていく)        おぬしできるなあ 相対する侍が腕前を見て、「おぬしできるなあ!」と言う場面がある。相手の力を悟るには、見抜く方にも眼力が必要で、双方にそれなりの実力があってこそ、剣を通して会話ができ…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 550

        四国 新居浜での羊蹄丸 最後の雄姿      ダイジェスト 順調な桜の開花から満開を、吹き飛ばすような春の嵐ですが、春先の天候は低気圧の急な発達で、意外に不安定な傾向にあります。 当初から応援を続けて下さり、くわえ新たに注目いただいた方々のおか…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 549

          新造船 さばな丸       船への愛着 船乗りは特別な事情がない限り、会社の乗船命令に従い、いろいろな船に乗る宿命を帯びている。下船についても有給休暇の権利がつけば、本人の希望を出すが、これとて要員の状況により確かではない。 交代者がいなければ、1航海のばす…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 541

         青函連絡船 十和田丸(サイン入り栄光の航跡より)        小学生から船長になるまで 小学校の文集の設問に「外国航路の船長になりたい」と書いたが、それほど強い意思が働いたわけでは無く、周囲に合わせたというのが正しい。 すでに述べてきたように、瀬戸内海の小さな…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 409

          函館山バックに羊蹄丸         船との巡り合わせ 80年続いた青函連絡船であるが、自分が携わったのは津軽丸など、いわゆる自動化船とか新型船と云われた最終モデルが主だった。 厳密にはタービン船の旧十勝丸、日高丸に、旧十和田丸から改造した旧石狩丸、さらには旧空知丸、旧檜山丸…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 403

             青函連絡船 羊蹄丸        舞台裏 ゴールデンウィークが過ぎ、静かに平常をとり戻しつつあるようだ。大した事はしていないが、何となく世間に波長を合わすようだった。 余り知識のないままブログを書き始め、時の経過とともに頭の中で整理が難しくなっている。来るはずの無い青函…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 378

              水 今日1月17日は阪神大震災から22年になるが、この間に東日本大震災はじめ大きな地震も多かった。改めて大地震の怖さと、近く発生が予測される対応に不安がある。 災害時のライフラインの一つに水道水が大切で、日頃ややすれば有難さが薄れても、命を守るために水は欠かせない。 …
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 328

           青函連絡船 羊蹄丸 (愛媛県新居浜市で)             訓練 企業や団体で研修など無縁ではないが、本音で好きな人はあまりいないのではないだろうか。船では研修や講習もさることながら、非常事態における操練(訓練)は避けて通れない。海上に孤立の状況から当然で、法にも定められた…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 313

             巡りあわせ 鉄道連絡船は一般船舶に比べ、列車の接続などもあり、特にシビアで分単位で稼動の様だった。1時間にも満たない停泊時間は、ロスタイムを少なく、1分と云えども大切にしたかった。 羊蹄丸2/O(二等航海士)時代、船尾入港スタンバイの、思い出が強く残っている。前の船からコンビを組み続け、…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 251

台風17号、18号が秋雨前線を刺激して、進路から離れた所でも、記録的な大雨で被害が拡大している。相当厳しい要素を含む恐れがあり、国や関係機関もかなり根性を入れ対応しなければ、大変な状況になるだろう。 一週間前このように書き始めたが、急に頭の閃きが変わり、先にNo.249号を出すと阿蘇山の噴火や、局地的な大雨などがあり、まるで証文の…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 246

理屈と現実 世の中にはなかなか理屈のようにならない事があり、青函連絡船でも同様の事例も珍しくなかった。津軽丸以降はシーケンス制御による自動化が進み、効率よく安全運航がなされていた。当然ながら教育や研修が行き届き、また各自でよく勉強する姿が見られた。 従って少々の故障では原因を見つけ、対策や修理するのが速かった。どうし…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 172

              新居浜到着直後の青函連絡船 羊蹄丸           時を先送り 我が人生航路ブログも現実と重なるように、道草が多く何処へ漂流か分らない。青函連絡船の思い出を、たくさん積み残したまま時代をずっと早送りしてみる。幼少時代から伝馬船など艪櫂船にも興味があり、立場もわきまえず漠然と夢を見て、親…
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青函連絡船の思い出57

青函連絡船の思い出と我が人生航路                  羊蹄丸 救難総合訓練 日頃から青函連絡船は事故防止に努めていたのは当然である。これは国鉄(JR)陸上関係はもちろん、他の輸送機関においても同様である。 しかし事故は無いのにこした事は無いが、何時なんどき起きるかも分からない。法…
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青函連絡船の思い出37

金毘羅参り 昨年10月上旬にいろいろな事を含み金毘羅参りをしました。羊蹄丸も先月末にはすっかり跡形もなくなり、今後は有形部分から次のステージへ、えひめ東予シップリサイクル研究会による近代リサイクルの諸研究が行われる事でしょう。 青函連絡船に強い思いを寄せる札幌の方から案内を言われており、先日、来県にあわせ先の研究会の…
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青函連絡船の思い出11

船はいろいろな法律や政、省令などにより縛られているところが多い。まして青函連絡船は官という立場から部内規則などもかなり細かく決められていたので、少し窮屈な思いもあったようだ。船員の配置、運用などもこと細かくやっていた。昔は二組交代制のようだったが終盤は主として三組交代制をとっていた。 そして休暇乗組員の代務(代役)、また増派(増員…
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青函連絡船の思い出3

昨日は彼岸の入りで、古里の島まで墓参りに行った。盆や彼岸等の節季ごとに、恒例の行事である。昔は2千人もの人口が、現在は2百人台の高齢化は、どの島も同じ傾向である。 仕事や病院などの関係で、島外に住む人が多い。昨日は瀬戸内芸術祭の関係者で何時もは少ない乗船客も多かった。 船の中で昔馴染みの知人と出会…
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