テーマ:青函連絡船ブログ

青函連絡船の思い出と我が人生航路 487

        連絡船廃止ころの桟橋地区の一部      若松さん橋跡地の開発 財務省での公文書の改ざんが、解決しない間に防衛省のウソが明るみに出た。この国は一体どうなっているのか、疑いと共に管理や開示の重要さが、求められるのだろう。 情報公開について法の定めによるが、長い年月の後に公開され…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 485

     パイロット(水先人) 久しぶりに旧交を温める集まりは、人の心の温もりに楽しいひと時だった。遠慮のない間と云え、ひとつ一つはかなり厳しい言葉も飛びあうが、何とも言えない心地よいものである。歳を重ねるごとに、傾向が強く思える。 その都度メンバーは入れ替わるも、かれこれ二十数年を超え続いている…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 484

         青函連絡船の舵とプロペラ       3-2 青函連絡船で最終モデルの、津軽丸型が自動化船としてデビューし、それ以降に建造された船は、基本的な操縦システムはほぼ同一だった。 それまでの船に比べ性能が向上し、入出港操船も容易になった。ここの状況について…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 482

     彼岸にクリスマスローズが咲き誇る        暑さ寒さも彼岸まで よく耳にする分かり易い、季節の言葉も味がある。彼岸は仏事につながり、墓参りに直結するが、近ごろはやむなく手薄になっている。 彼岸は春分の日(中日)をはさみ、前後それぞれ3日間づつ、彼岸の入りと明けといわ…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 481

          貝母(バイモ)の新芽がかわいい        船長の少し込み入った話 青函連絡船の旅客便は、甲、乙、丙系統別に2隻ペアで一日5運航、すなわち1船あたり2.5運航だった。これは毎日同じ時刻に、青森~函館を発着のために、ひとつのテクニックでもあった。 停泊時間も含…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 477

   桃の節句の迷宮入り 3月に入り春一番が吹き荒れ、各地で被害や交通障害があった。春一番は立春から春分に、低気圧の発達で初めて吹く、8m/sec以上の南寄りの風ぐらいと、私たち航海士も漠然としている。 実際には低気圧が発達しながら、日本海を北上し暖かく猛烈な風が吹き、青函連絡船でも悩まさ…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 403

             青函連絡船 羊蹄丸        舞台裏 ゴールデンウィークが過ぎ、静かに平常をとり戻しつつあるようだ。大した事はしていないが、何となく世間に波長を合わすようだった。 余り知識のないままブログを書き始め、時の経過とともに頭の中で整理が難しくなっている。来るはずの無い青函…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 223

               青函連絡船 津軽丸        青函連絡船船内の日々いろいろ わずか61海里(約113km)の青函航路であるが、この3時間50分の航海は変化にとんだ、されど61海里でもあった。青函連絡船は休みなく運航を続けていたが、時刻表に掲載される便数は限られていた。それ以外の大半は貨車だけ…
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