テーマ:航海士

青函連絡船の思い出と我が人生航路 588

台風恐るべし 万難を排して向かった函館、そして青函連絡船であったが、当初はそれほど夢のあるものでなく、むしろ前途多難な船出だった。これまで綴ってきたので、これらは控えたい。 土俵へ上がる前から行き違いが多く、相撲を取らせてもらうまでいかなかった。船や船員が柱の船会社に比べると、国鉄の中の一部で、複雑な組織に責任の…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 566

        鉄砲ユリが出てきた       数字は何でも知っている 年金問題がクローズアップされ、少子高齢化が進み常に重要なことであるが、「のどもと過ぎれば熱さ忘れる」たまに出ても続かなかった。 具体的に2000万円とか3000万円の、数字が政府や政治家から飛…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 564

       鍛えてくれた羊蹄丸(函館港南口を出ていく)        おぬしできるなあ 相対する侍が腕前を見て、「おぬしできるなあ!」と言う場面がある。相手の力を悟るには、見抜く方にも眼力が必要で、双方にそれなりの実力があってこそ、剣を通して会話ができ…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 562

     逆説安全航海 少し堅い話が続いたので、ゆったりしたテーマを考えたい。広い海で船と船が簡単に衝突しないはずが、現実にぶつかるケースが多い。 若い航海士時代に太平洋で、夜中のワッチ(航海当直)中に、Q/M(総舵手)が、ひとつはレーダーを注視する緊張を、和らげるためであるが、面白いことを言…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 536

        日々、咲き変わる寒アヤメ        オフィサー(航海士) 一言では言い表せないが、船を安全に運航させるため、航海学を身に付けたスタッフで、船長を補佐し、航海当直を代行する。 資格や経験によりチーフ(一等)から、セコンド、サードなどランク付けがある。通常チーフオフィ…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 502

         羊蹄丸の1号支援艇(新居浜で一般公開時)    かげの大切なもの 大阪の大地震で、痛ましい事故や、多くの被害があった。いつもながら予測や予報が難しく、突然の発生に対応が困難でもある。しかし人災に起因するところは、無くしなければいけない。 地震のような大規模な防災には、と…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 492

       オダマキ(一眼レフ)      不気味な予感 ながく船乗りをしていると、怖い思いをする事も多いが、ちょっと異にするものがあった。時どき勘についてふれているが、船乗りは割によくあたる。 少なくとも自分は傾向が強いが、個人の損得が絡むものは、まったく当たらない。船員生活で2…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 456

      駆けずり回る ブラスバンドで「蛍の光」が奏でられ、テープで結ばれるなか、船が出港する光景はロマンに満ちている。これは客船など限られるもので、一般の貨物船ではほど遠いものだ。 ギリギリの人員で出港作業に夢中で、周囲に目を配る間もない現実がある。まだデッキ(甲板部)は景色や海が見えるが、エンジン(機関部)…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 447

      歴史のめぐり 青函連絡船に戦国武将のような、名前の航海士がいた。同じ四国の出身で親しくするうちに、それらしき尋ねたことがあったが、照れくささか謙遜なのか、明解のないままうやむやになった。 先日テレビで戦国イベントのような放映を、目にしたが途中からなので、詳しい事は分らなかった。甲冑を纏った大将…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 446

         船長と航海士の絆 前号で船長とQ/M(操舵手)の、阿吽の呼吸を説明したが、航海士とQ/Mのかかわりも、ワッチ(航海当直)中は準じていた。言葉の意味のように4人だったが、合理化に伴い3人そして甲板手(able seaman)へ統合された。青函連絡船では、航海掛の名称だった。 船長…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 420

       避ける方が 道路に赤色と黄色の点滅する交差点があり、黄色は徐行し赤は一時停止し安全を確認することになる。ここで徐行する方は、相手が一時停止をしてくれるか、不安になる場合がある。 いっそのこと自分が一時停止の立場の方が、こちらの意思で確実に停止できるから、反って気楽に感じる事がある。 …
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 411

      いろいろ巡り もう数年前になるだろうか? 調度品の工事をしたことがあった。信用面から日頃お付き合いしている、異業種の会社を通すことが多かった。その下請けに対応が良く、確かな工事で印象に残る人がいた。 元請けはよく知っており、同種の工事は直扱いも、飛び越えではないと分かってもらった。この度ちょっと似てい…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 407

        必ずしも十分とは どのような仕事も知識と経験を要するだろうが、船という特殊な環境では、特に慣れと経験が欠かせなかった。現に船へ第一歩をかけても、大きなとまどいを感じる。 机上で習いその道を目指した、まったくの素人でなくても、一般的に船酔いやいろいろ制限を受けるため、慣れてから本当の始まりだ。 …
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 396

    全体のバランス 人は昼間に働き夜は寝るのが、理想的というか普通である。しかし世の中には四六時中、動き続ける業種も少なくない。 当然ながら青函連絡船も、夜昼エンドレスで運航を続けていた。前号に書いた作業ダイヤにより、勤務するのが原則だが、現実にそぐわないところもあった。 あくまで基本で…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 377

         若かりし新年の失敗 穏やかな天候の新年に、正月らしさは薄れても結構で、良い年になるよう願いたい。めでたい正月に、酒は欠かせない関わりがある。 車の発達や若い人達の趣味の多様化で、少なくなったとはいえ、車以外では無縁でなさそうだ。自分たちが船乗りになった頃は、元旦の朝食に雑煮と銚子がつけら…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 368

                         航海計画                   長距離ドライブに出かける時には、出発と到着の時間が大切である。この間隔が所要時間になり、これを知るには区間距離と、スピード(速度)が必要になる。 車は高速道路や渋滞等で速度の変動が大きい。船も同じであるが、気…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 361

           漂流 瀬戸内芸術祭が開催されているが、漂流郵便局についてはたびたび触れており、ここでは別のつながりを思い起こしている。 半世紀ほど前になるが、ある漂流物のような物を、誰かが粟島郵便局へ届けた。何かの表示があり、中学校の英語の先生や、語学の堪能な方々に見てもらっても、なぞは解けなか…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 358

           歩行も航海も同じ 駅など人が多いところで、注意しながら歩いていても、ぶつかりそうになる事がある。右に避けようとすれば、相手も同じ方向へ、急いで反対によければ、また同じようになり、ぶつかったり急に止まるケースもある。 船もこのように衝突する場合がある。視界が良い時には相手船の動…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 357

             東京晴海フトウの青函連絡船 十和田丸       ごまかしはダメ 正しい針路へ 小池東京都知事の所信表明にともない、都議会との関係や職員の指導など、明らかになると関心が高かった。 なかでも豊洲市場への移転問題と、東京オリンピック開催の関連費用について、今や都民だ…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 332

          コースもいろいろ 一般にコースと云えば、スポーツ、料理、教育、旅行、etc.使い道が広いが、ここでは船の針路について考える。 船の針路とは船の子午線とその船の首尾線との広角をいう。そこで中心になるのが真針路(True course またはT.C)であり、真子午線と航跡の交角をいう。 …
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 307

                   つれづれ9(年度替わりも) 新年と並び年度替わりも、大きな区切りの時期となる。官庁や企業では、むしろこちらが主になるだろう。 新入社員や去りゆく人の、人間模様でもある人生航路は、いろいろなドラマがある。たまたま市役所や大病院を訪れたが、一般の目に触れるのは、希望に胸を膨…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 244

        唯一のクリーンヒット JRでは列車運行や船舶運航はじめ営業、施設等のいろいろな鉄道関係業務については、プロとして歴史と実績があるが、関連事業部門は若葉マークの域だった。前向きに取り組む姿勢が強かったが、一部に安易な考えがあるのも否めなかった。 函館駅構内に著名な電機メーカーの、ショールームが国鉄時代から続…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 190

                  函館の坂道            コンビニエンスストア これまでの場面のように船の業務は、どうしても真直ぐでなければならず、青函連絡船とて同じである。一方、複雑な状況にある大方のサラリーマンは、そう単純に物事がはかどらず、いろいろ工夫が求められるのだろう。 青函連絡船の廃止により…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 176

                     青函連絡船 十和田丸         今だから言える? 青函連絡船は勤務体系などから、船員同士よく知り合う機会も多かった。自分の属する甲板部は人数が多く、全て覚えられるものではない。機関部や事務部も職員(士官)クラスでは、入社歴の浅い人など除き、ほとんど分っていたような気…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 171

                青函連絡船 摩周丸ポスター (函館展示船)            青函連絡船 つれづれ 前述のように相当な覚悟でかからなければ、航海士として職務を全う出来ないと感じるようになった。書けること書けない事もあるが、ひとつに積極的に強気な路線を歩むことになった。これは自他ともに厳しく当た…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 138

         希望に燃えるも打ち砕かれ 計画と計算から実務の失敗 ヴァリアス・コース( 種々針路 various course)とでも云おうか、適当に人生航路を進むなか、頑なに計画通り実行した思い出がある。航海士など職員になるには国家試験に合格して、海技免状を取得しなければならない。(第54話等)…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 128

船の見えない区画 船の外観は美しくバランスが良い。その為に内部はいろいろ複雑な構造になっている。第10話に続き少し探求すると、船首が細く船尾もやや絞られており中央部が大きい。従って重心位置や浮心は、中央より後方にある。 その長さ(Length:L)にもいろいろある。全長(Length over all:L…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 125

船長会          入港中の 青函連絡船 十和田丸 先日、青函連絡船船長会の事務局から、ご丁寧に会の様子を知らせていただいた。出席者が年々少なくなっているようであるが、致し方ない事だろう。 当時の定年である55歳前後の人は80才を超え、最年少の40でも65才を過ぎていることにな…
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青函連絡船の思い出77

 羊蹄丸 青函連絡船の思い出と我が人生航路  羊蹄丸 名物船長 このところ主力にしているパソコンの調子が少し芳しくない。丸8年かなりの酷使に耐えPCとしては長い間、第一線で頑張ってくれた。自作ではないが、好みの部品に合わせカスタム仕様でOSはXPで使いやすく、今までで実質的に一番長く持っている。来年4月で…
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青函連絡船の思い出33

旧檜山丸から羊蹄丸に転船して間もない頃ようやく函館に慣れてれてきた。檜山丸では船長や航海士のコミュニケーションもよく連絡船の仕事も楽しくやれた。後に海陸で要職を勤められた万能選手の事務員さん等々ずっと縁のある方々も多かった。 ジャイロコンパスとレーダーのシンクロの微妙な調整を求め通信長等にご苦労をかけた印象が強いが、視界不良時…
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