テーマ:同級生

青函連絡船の思い出と我が人生航路 642

遠近より大切なもの みんなが見えないコロナウイルスに、悩まされる日々が続くが、相反する要素が重なり、一気に解決の妙手はない。 政権の中枢や各界の秀でた方々の、頭脳を結集しても難門が、我われ凡人に分かるはずもない。 というよりこの期におよび、どんな生き方をすればよいか迷…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 641

心のつながり 直接かかわる運航面や、勤務体制の恩恵のほか、青函連絡船には人と人の、深いつながりという、素晴らしい面が形成されていた。 抽象的なようであるが、一般商船と比べると一目瞭然である。一般船に乗務中は、非常に深い連携が保たれるが、いったん下船すると、次に会うチャンスは…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 637

  本業を 海技従事者にとり必需品は、まず海技免状かも知れない。いわゆる商売道具であり、これが無ければ仕事ができない。 いくら優秀な成績で学業を終えても、この国家試験に合格して、免状をもらわなければ、スタートラインに立てない。 在学中の成績はあまり芳しくなかったが、国家試験こ…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 495

     ゴールデンウィークのひとこま 新緑の良い時節は、意外に天候や世の動きが、目まぐるしく変化し、考えが整理できない日々を送っている。 たまたま同窓会誌が届きながめていると、ひとつのつながりから、忙しい中にアイディアが浮かんだ。 何気なくページをめくると、懇意にしている同級生の姿が、…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 452

         青函連絡船 十和田丸     人生航路は巡る 今年も青函連絡船OB会が終わり、出席の方々や事務局から、いろいろ様子を知らせていただいた。元機関長のお世話役は、腐れ縁のような関わりからも、出席の気持が強かったが出来なかった。 やはり30年もたてば高齢化が目立ち、出席が減るのもやむ…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 371

            昭和46年頃の函館駅           波高し しばらく遠ざかっていた古里の島へ、祖母の墓参と所用を兼ね訪れた。瀬戸内芸術祭を終えたのちで、平日のせいもあり静かさをとり戻していた。 いつもと同じく定期船に乗船したら、新造船に変更になっていた。恥ずかしなが…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 320

           松山を訪ねて ここ2~3日であるが、自分には何ヶ月にも匹敵するような出来事だった。好きな街のひとつ松山市で同期会へ出席に合わせ欲張った計画になった。若い時から二つを目指すと、ひとつがおろそかになる悪い癖があった。せっかくのチャンスに、頭脳のリフレッシュのため数多く組み合わせた。     …
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 255

    友人~就職~いろいろ~回想 何時の時代も就職は大きな出来事でもあり、環境や時期など状況により違う。現在も数値上は良くなっているとは云うものの、現実には厳しい様である。今でこそ口利きなどいけないが、昔はそんな事も言ってられなかった。 昭和40年ころ坂出事務所に勤めていて、土、日曜に田舎の島へ帰り運動会に顔を出し…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 197

                     航海訓練所練習船 海王丸 同級生 経験による階級がはっきりしている航海士や機関士は、それぞれ同級生が同職で同じ船に、乗り合わすことはほとんどない。外航船に乗船中に神戸港で荷役当直をしていた時に、アッパー・ツインデッキ(上部中甲板)から「おおーい〇〇〇」と名前を呼ばれてびっ…
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