青函連絡船の思い出と我が人生航路 745

  むかし道内旅行で知床 オシンコシンの滝 裏表 知床の海で大変な難作業の末に、吊り上げた遭難船が、再び落下したニュースに驚く。サルベージは専門外であるが、航海上からは海水の抵抗が多く、危険な手法をとる疑問が残る。 トップレベルの知識と経験を誇る会社なので、総合的な面から判断し、慎重すぎる対応が、かえって裏目に出た…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 744

現実に正しく向かい合え! 知床観光船の事故を受け、国交省に名称はともかく、対策検討委員会のたぐいを、設置した報道があった。 いつもながら事故の後を追う、見飽きる場面に辟易し、なぜ常日頃から小さな芽を摘まないのか疑う。 ここでまとまる文章は、非の打ち所がない立派すぎ、神仏に捧げるも恥ずかしくない。この通り…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 743

 観光船事故2 知床遊覧船事故について、報道がますますエスカレートしているが、懸命の捜索にも救助の進展が見られない。 各地で観光船の総点検が行われ、事故があればいつも見る場面である。しないよりはましであるが効果は限られる。 テレビ番組の議論や解説に、おおよそ入っているのだろうが、この会社のずさんな取り組みと、強…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 742

 観光船事故 4月23日に知床半島オホーツク海で、悲惨な観光船の事故があり、一刻も早い救助が求められるが、厳しい状況が伝えられている。 各テレビ局の番組で専門家、博識の方々の適切な解説に委ね、余計な口をはさむつもりはない。 潮気が抜け賞味期限も怪しい身ながら、船や海の縁から多少は申すこともあ…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 741

 歴史は繰り返す コロナ感染は依然きびしい状況に違いが無いが、明快な指針を耳にすることはほとんどない。 国や自治体のトップは、アクセルとブレーキを踏み、風まかせに善良な民の自主性に委ね、どちらに転んでもいいシフトに見える。 感染の増減が自然な流れの、成り行きではおぼつかず、ワクチンがいきわたり、治療…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 740

数字のマジック 本音はコロナの話題にふれたくないが、制約で生活が左右されかねないので、つい気がかりになるパターンである。 ひとつに一貫した指針が見えず、それぞれの立場で勝手な発言や、ご都合主義が見え隠れする。 それぞれ自治体で感染防止と、経済のバランスの施策は当然であるが、後付けや言い訳に見…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 739

大きな1ページ 後で振り返ると羊蹄丸のセコンドオフィサーは、自分にとり大きな1ページになる。 新卒で入社の大阪商船(商船三井)では、スタートでつまずき苦労した。得意なところでミスが続き、取り戻すため長い時間と、労力を要することは何回か述べてきた。 いかにスタートが大切か、まして相当オフィサー…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 738

羊蹄丸のウラ 羊蹄丸のセコンドオフィサー(二等航海士)に配属され、余裕をもち務められるまでになり、710台まで詳しく記した後まわり道している。 羊蹄丸時代に戻れば、仕事だけでなく乗組員そろって、一泊ドライブ旅行等もした。プライベートでも北海道一周ドライブや、函館~四国間はじめてのドライブもこの頃である。 そんな…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 737

   えっ!  一般に国や自治体が行うことは、理屈やタテマエはいいが、遅きに失する場合が多い。ほとんど不満を述べるが、びっくりするほど迅速な対応を見た。 表向きは社団法人700MHZ利用推進協会であるが、バックに総務省すなわち国がついていると、考えるのが普通である。 ある日曜日にテレビ映像が乱れるが、た…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 736

時代に逆行か 振り回されるばかりも悔しいから、身の回りの整理というか、足元を見つめ直すことが多い。自分を褒めるのは少なく、ほとんど反省させられる場になる。 物の管理が悪い癖があり、何処へ仕舞ったか分からず、いざという時に全く役に立たない。これでは無いに等しく、百円ショップの利用が合…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 735

ささやかな夢も まん延防止措置が解除され、ひとまずと言えるが、すべてクリアでよい訳ではない。全国的な発令等の流れは普通であろうが、当県については釈然としない点もあると思う。 いろいろ会合などの中止は、この時世やむを得ない。そんな中にささやかな集いにかけていた。それが全く不可能どころ…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 734

   ささやかで大切 まん延防止等重点措置が、3月21日で解除と発表された。しっかりした根拠に基づき、国の責任で行われば、結構で歓迎されることでもある。 しかしロシアによるウクライナ侵攻の、大きな事件等の陰に、ドサクサ紛れの感が見え隠れる。たいした説明も無く、「みんなで渡れば…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 733

   最後が肝心 依然コロナ感染は楽観できる状況でないが、政府や自治体の対応に緊張が乏しく見える。いつも圧力をかけられると、我われ国民が耐えられないが、場当たり式ではなお困る。 難しいことは分からないが、未だ全国で1日に6万人ほどの感染と、200人前後の人々が亡くな…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 732

船長雑感5  函館と松山 ふと見つけた番組表に「函館と松山を旅ラン!」という、ゴールデンカードのような、組み合わせがあった。 ふたつの街を結ぶ番組は珍しくはないが、双方に共通点を見出しにくい、異色の組み合わせに注目した。 強いて探せば函館市は魅力度…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 731

船長雑感4 船を動かすにはいろいろ知識と経験を要する。航海学というか航海に関わる学問は、理論に基づく事柄が多い。 操船や整備等の広範囲に運航を支えるには、経験の比重が高くなる。船舶運用は経験工学的な、意味合いを含むと考える。もちろん理論に基づく経験値であり、双方の綱引きである。 …
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 730

船長雑感3 青函連絡船は勤務の特性から、乗組員同士が顔を合わせる機会が多い。関わりが少ないと知らない人も多いが、長く勤務していると名前は分からないが、顔に見覚えがある場合もある。 職種系統が同じならばほとんど知り、更に職名まで同一であれば、まず知らな…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 729

船長雑感2 むかし健康診断のエコー(超音波)検査で、臨床検査技師の方がたびたび首をひねりながら、つぶやく姿に少し不安を抱いた。 ひたすら時間ばかりが過ぎていき、同じころに始まる職場の同僚は、すでに終わっている気配だった。 相当に難儀な病魔に侵され、判断がつかないほどか、良い方向には考えにくい。 さらに時間が過ぎ進展が…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 728

  昭和63年の今ごろ函館入港中のの十和田丸     船長雑感 どちらかと云えば船長について、その役割から主に厳しく、大変な場面を描いてきた。自分への戒めから厳しさは当然であるが、偏りすぎて誤解を招くといけない。 基準を緩め楽観的な目線で、いろいろ考えてみたい。船長…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 727

万事休す  自己責任はいつまでも 青森港で外出はしないが、一度だけ禁を破る。岸壁へ戻ると、蛍の光のBGMの流れる中を、1隻の青函連絡船が静かに出て行った。 船乗りは理由の如何に関わらず、乗り遅れた場合は、即クビになると仕込まれてきた。とりわけ学校時代に、年配の先生方は口を酸っぱく言われた。…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 726

近くなったお客さま 民営化される前の三公社五現業は、国が事業主や経営者であった。実質的に国がバックにあり、サービスの悪さで名が通り、その代表格が国鉄と目された。 青函連絡船も組織の一部をなすが、海に浮かび船の独自性か、少し様相を異にしていた。やはり大海原を背景に、ゆとりと柔軟性からくるのだろう。 …
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