青函連絡船の思い出 20

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一般的に船はタンク、構造物、ボート、通風機など設備まで全て船首から後方に番号がついている。右舷(starboard),左舷(port)に区別している場合は頭文字をつけS1・S2・S3・・・・ P1・P2・・・・・のように番号をつけている。


両舷を通算する時は必ず先に右舷側から1、対象の左舷は2というように右舷が奇数、左舷が偶数番号になる。例えば3号シューターといえば右舷側の二番目の位置と分かる。一部船底のタンク等は左右つながったものと、別々に分かれる物があり変則的である。


一般に左右対称に造られているが、右舷が格が上という習慣が昔からあったようだ。一例が船長室と機関長室は右舷に、一等航海士室と一等機関士室は左舷側に配置されている。場所的に制約を受ける時は別として、比較的余裕のある大型船はほとんど同様であろう。


ただ例外もある、船の構造も縦横とも鉄骨で補強されている。その中で人間と同様に肋骨(フレーム)がある。これにフレームナンバー(Fr.NO.)といって船尾から前方に向かって番号をつけている。これは船の番地のようなもので場所を確定するのに便利である。


更に青函連絡船に限りもう一つ左舷側から番号がつくものがある。これは車両甲板のレールである。左舷側から船1番線、船2番線、船3番線、船4番線と付けている。


これは常に左舷着けのため陸上側からつけたのだろう。因みに4線で貨物列車ほぼ1編成分をすっぽり積載する事が出来る。津軽丸型でワム車48両、渡島丸型55両である。




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この記事へのコメント

mukasinohito
2013年05月03日 22:22
楽しく拝見しています
肋骨等の図があれば
もっと判りやすい
と思います


2013年05月04日 09:39
一般配置図は大きすぎたり、書籍のは連絡船とかけ離れていたり、適当な図面がスキャンできずに外観図をつけさせていただきましたので、あしからず。ご意見またの機会に参考にさせていただきます。ありがとうございました。
decchi
2019年09月08日 14:53
 陸上側で考えることですが、今主流のコキ(コンテナ車:約20メートル)と違い昭和59年まではいろいろな貨車があって、その長さも8メートル程度から20メートルまでと区々でした。ワム換算で何両と言っただけでは積み切れなかったり無駄な余裕を残したりすることになります。陸上では車両甲板各線の有効長に合わせて、何番線にどの車両を積み込むといった操作が行われていたのでしょうね。保存されている摩周と八甲田の展示は、船のことだけで陸上側の工夫や苦労についてまったく触れていないのが残念です。もっとも貨物が多かった48年当時に五稜郭操、高松操などで貨物の編成作業に従事していらっしゃった方が、今ならまだご存命でしょうから、そういう方から聞き取りをしておくことも、鉄道連絡船史の上で重要ではないかと思っています。
towadamaru7
2019年09月09日 17:29
当時でもワムなど標準車は少なく、ほとんどコンテナーで、17か21両編成がほとんどで、ある便が35両編成ぐらいでした。
五操(五稜郭操車場)でも、船舶へ積み下ろしは、限られたチームが当たり、事前の打ち合わせで、ほとんど問題はなかったようです。

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