青函連絡船の思い出と我が人生航路 533

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        今年も水仙だけは元気



      1月はいぬ2月は逃げる3月は去る





「1月はいぬ(る)2月は逃げる3月は去る」昔からよく耳にしたが、月日のすぎるのは早く、年が変わったと思えば、季節の変わり目になる節分である。



ずっと前から隣県の親しい友人たちから、気分転換に泊りがけで来るよう、思いやりの言葉をもらっていた。先般の前向きの主人公は、これを知らず新年会で、彼らに行きたいと志願した。


偶然ながら同じ目的で一緒の行動に、支障もなく実現は早かった。無理に誘うほどでないが、この場に居ない仲間にも、オープンに経緯を説明した。



相棒は本人の車で行きたい意向で、雪さえ降らなければよかった。約束の時間に近くまで来ているが、家が分からないと携帯電話があり、分かり易い分岐点で待った。



ちょうどトヨタハイブリッド車が止まってくれ、補助席に荷物があり、後部ドアを開け乗り込んだ。あまりのグッタイミングと、親切に何の躊躇もなかった。


年齢や姿格好も同じであるが、何となく違和感がありよく見ると、別人であったが同じ自治会の顔見知りで、弁明に謝りすぐ下車した。



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        寒アヤメが陰でひっそり咲く




待ち人は一度来たことがあり、分っていると言いながら、住宅地に迷い込み約30分も探し回ったらしい。何処か著名な場所に行ってもらい、誘導すればよかったが後の祭りだった。



出鼻をくじかれた形になり、本来は時間の制約は無いが、この日は友人の一人が自家製のそば打ちで、もてなしてくれることになっていた。蕎麦は時間が勝負で、それだけが気がかりだったが、連絡を密にすれば対応できる遅れだった。



迷い回り疲れたと思い、ここから運転を引き受けた。途中で交代の予定だったが、運転の状況を見て、安心してくれたかすべて任された。



大体どんな車でも、5分も運転すれば慣れるものである。プリウスアルファだったが、今の国産車は立派で乗り心地も良い。ただ回転半径が大きく、小回りが利かないのは、狭いところで扱いにくい。



今まで技術的に満足な運転ができなかったのは、ロータリーエンジンを積んだ初期のコスモスポーツだった。トルクが弱くクラッチのつなぎ方が難しく、すぐにエンストしてしまう。



石鎚SAで小休止し、正確なETA(到着推定時・連絡船のチャクミコ)を知らせ、松山の友人宅へは2分ぐらい早く着いた。



すっかりそば打ちのスタンバイ、顔を見て打ってくれたので、本当に美味しかった。それだけ力を注いでおり、批評も求められるのが常である。ただ美味いだけでなく、香りや歯ごたえなど、多少の知識が無くてはならない。



直前に蕎麦粉を取り寄せたらしいが、高価で趣味だからできるが、とても商売にならないと笑いあった。越前そばでも少し白っぽく、炒り方でいろいろあるらしい。何と言っても越前ソバは癖が無く、大好きで親しみやすい。



昨年は既製品がほとんど店に出なく、他の物を買うが期待通りでなく、とうとう食べなかった。天候により不作と友人が言っており、昨年の分も合わせ腹一杯ご馳走になった。



松山は物価が安く住みやすいとよく言われるが、飲食店も新鮮な味が手ごろで人もにぎわっていた。やはり全国的に人気が高く、素晴らしい都市に変わりはない。



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        松山 大街道





二番町や三番町の繁華街の夜は、きらびやかであるが、なかに閉店を余儀なくされる店もある。お客さんも接客側とも高齢化が進み,ここも社会構造の波が打ち寄せているようだ。



二次会は地元組の馴染のスナックに行くが、以前より彼らが高松に来てやる時から、明確に変化している点に気付いていた。もともと歌のうまい連中であるが、丁寧にきっちり唄いきり、レパートリーも幅広く、上手さに陰での頑張る姿を感じていた。



二次会では近くの同級生が加わり5人に、ちょっとしたミニクラス会になった。来てもらうのでなく、自ら集まる方が意義は大きい。



ここで謎が少し解けるが、我々グループのほかのお客さん達も、非常にカラオケが上手な人達だった。こういう中でもまれたのと、点数や全国順位の詳細などシステムもあった。


どのような採点方法か知らないが、いかなる場合も音程が最も重視されるのだろう。いずれにしても松山の、内外組ともバンバン全国1位を、次々と出すのには驚いた。



かつて感情など微妙に判らない機械は、あくまで参考であり、点数ばかりを気にしてはいけないと、教え込まれ今なお守っている。個人ではカラオケの採点はあまり好まず、苦手かも知れない。



なんだかんだ言っても、その場の雰囲気に合わせ、気の合う仲間たちと一杯やりながら、全国順位や点数も面白くなり、みんなで十分に楽しんだ。



翌日は市場近くの青果店に寄り、良いものがあれば送ったり、持ち帰ったりする習慣がある。前日のもてなしはあり余り、さらなる友人たちの誘いを辞退し、晴天に恵まれ順調に高松に戻ることができた。



われわれ仲間に「次」という言葉は適切でなく、チャンスはそれほどないと考えるから、素早い実行となったと思う。思えば数年前の奈良から、一連のつながりとなったように、これからもワンチャンスを大切にしたい。


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        さっぽろ雪まつり         



それにしてもスタート前の、間違って車に乗ったハプニングは、青函連絡船時代に、青森2岸壁のバース指定を受けながら、第1岸壁に着岸させたようで、恥ずかしく苦笑しながら振り返っている。



札幌の知人から、さっぽろ雪まつりとメールをもらったが、昭和48年頃見物に行ったほかは、大沼公園の雪と氷の祭典に、向かうのが毎年の行事になっていた。



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        冬の大沼公園






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この記事へのコメント

仏生山おやじ
2019年02月05日 12:25
寒いなか珍しいトラブルあり、おやじも年のせいか、次からはカーナビにお願いします。(笑)
2019年02月05日 13:14
語り草としてハプニングも、思い出になるでしょうか?
カーナビの案内の最後も、案外と無責任な場面があるそうですね。
やはり前向きが一番でしょうか。
mukasinohito
2019年02月12日 23:29
乗り込む迄はないですが、似た様な経験はあります殆どの人が一度や二度は経験しているのではとおもいます。松山での友人との交歓の様子楽しそうで良かったですね。
2019年02月13日 23:17
それにしてもよくこんなタイミングで、止まってくれるとは、世のなかには本当に、偶然があるものですね。
認知の疑惑を持たれたと思い、のちにしっかり説明して、分ってくれたようです。
松山は本当に楽しかったです。高松とまた違った感じでした。

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