青函連絡船の思い出と我が人生航路 579

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  千載一遇のチャンス

今月初めにふれた記事に続き、落ちていた底から少し持ち直し始めた。この航路は35日ターン(周期)ぐらいと、短期間で帰るために、四国に住む家族持ちの船員には、魅力があるようだった。

四国の伊予三島は製紙産業が盛んで、それまでの神戸や横浜へ寄港の航路とは、かなり違った感覚で、わずか2~3日の停泊中に、有意義な過ごし方はピンとこなかった。

人の出会いとは不思議なもので、一点の隙間のタイミングがある。それまで単に行き会っても、何も起こらなかった。相撲の立ち合いのように、お互い呼吸が合うことが大切かもしれない。

さきの女性とはひらめきだけでなく、国鉄(JR)の駅にして僅か20㎞の所へ、家族で転居したばかりだった。短期間の航路等あらゆる状況に、天が味方してくれたようで、この千載一遇のチャンスを大切にしたかった。

若いころは恋愛や結婚の相手は、見かけだけでなく人物や中身が大切と、分かったようなことを言っていたが、ほぼ人生を一回りした現在は、少し異なる考えである。


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人物まで見るのは至難の業で、ましてあえて悪いところを見せたい人はほとんどいない。すべてが良ければ、それに越したことはないが、結局ファーストインプレッションが大きく、すべて分かるのは時すでに遅しとなろう。

互いに自分にはない面を、求める気持ちがあったが、言葉にするのはたやすくても、そうはいかないのが現実である。自分のことは棚に上げ、ここだけはこうあってほしいと、希望もあった。

快活でものに動じない性格に引っ張られ、周りが明るくなり、元気が出るような感じだった。とにかく話すことや、一緒にいるだけで楽しい質だった。

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本人は字が下手で、手紙は書かない主義と言っていたが、船乗りは手紙が大切と話した。そのあたり共感してくれたか、外国の港あてエアメールをもらい続けた。

一航海に二通と云えば、出港後わずかで出さないと届かず、当時は身が二ついるほど忙しく、郵便局へ行くのも大変と思った。こちらも同じだけ書くが、代理店に頼むだけで、ほとんど手間はかからなかった。

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短歌や俳句が得意で、必ず一首を詠んでいるが、意味は理解しても返すものはなかった。足りない連絡は、無線電報もよく利用したが、料金は倍額と高いため、当時の電電公社にも貢献した。

恥ずかしながら若干込み入った点にふれたが、第572話に記した船員に大切な手紙を、補完する意味もあった。


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祖母の里の遠縁ということで、内外に開き直った合言葉は、「親戚のはしくれ」ということで通した。ふたりがよければ何の障害もなく、ゴールも近そうだった。

それほど人生航路はあまくない。





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この記事へのコメント

mukasinohito
2019年08月04日 00:38
奥様との出会いやデート等の事いろいろと言われていますが「一緒にいるだけで楽しい質だった。」この一言に尽きるのではと思います。最後の「それほど人生航路はあまくない。」この事が気になります。

towadamaru7
2019年08月04日 21:05
恋愛中はどなたも同じと思います。
良くも悪くも終生変わらぬことが、大切と思います。
本当に私たちの人生も、なかなか楽な航海はさせてくれません。
内外でいろいろ状況が、変わったり過ぎたことが原因でしょうか。
一言にいえないことばかりで、長くなりますので、いずれ機会があれば、取り上げたいと思います。