青函連絡船の思い出と我が人生航路 585

       函館夜景     年金と事故では 先般やっと年金の健康診断と、言われる財政検証が公表された。中身についてとやかく言える立場にないが、何時の場合もよいデータに主眼を置くようだ。 平均的な世帯をモデルにしているが、どれだけの人があれほどもらえるか、大方の人はとんでもないだろうし、平…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 584

      洞爺丸     洞爺丸台風のテレビ放映から 8月25日にテレビ東京「池上彰の現在史を歩く」で、青函連絡船のことが放映される情報をもらい、知り合いの方々にお知らせすることにした。 一斉メールにすれば簡単であるが、昨今の物騒なご時世で、たとえBCCなど配慮しても、アドレス等が漏れたら…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 583

       犬吠埼       怖さにおびえ 今年のお盆には台風10号が通過し、たくさんの人々が影響を余儀なくされたが、自然の力には逆らえない。 青函連絡船は台風と切っても切り離せなかったが、昭和49年4月に「青函連絡船荒天時等の運航マニアル」が制定され、避難など具体的な対応がしや…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 582

        旗竿は取替後の物らしい(新居浜での羊蹄丸)     目障り 大型船は船首甲板の最先端に、旗竿があり普通は社旗を掲げる。青函連絡船ではこのフラッグポールは、もうひとつの役目を持っていた。 中間を三分割に印をつけ、夜間は見張りの妨げにならない程度の、豆球がついていた。出入港が多いため…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 581

           青函連絡船のプロペラと舵        裏のサポート 宇高連絡船や青函連絡船など国鉄連絡船が、自動化船のさきがけとなれたのも、国鉄の造船関係者の、たゆまぬ努力と研究が大きかった。 国をバックに有利な面はあったが、洞爺丸事故や紫雲丸事故など海難事故の反省から…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 580

          平和 神奈川県に住むいとこから、近ごろ新聞に掲載された記事で、四国も載っているか電話をもらった。まずは夕刊とのことで、当地では各紙とも夕刊は、通常の配達がないと伝えた。 母方の歳のはなれた従兄で、冠婚葬祭などに顔を合わせ、一族の長老的な存在である。年回りのギャップ…
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