青函連絡船の思い出と我が人生航路 569

     リニューアルから試運転へ この度プロバイダーの大規模メンテナスにより、ブログの大リニューアルがあったが、具体的な点は未だ理解できず、これから取り組んでいきたい。 7月2日は長時間メンテナンスのため、公開の記事に対し、当然ながら対応できなかった。今後の記事は円滑に出せるか分からず、ひとつ一つ進めたいが…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 568

    ひとめ見て 新任はもちろん役職が上がると、先生は離島や田舎の学校へ、会社員は地方の支店等に、配置になるのが相場であるが、船員も形は異なるが同様である。 設備の良くない古い船、魅力のない航路へ就航船、気候の良くない航路などである。裏を返せばみんなが、あまり望まないもの…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 567

       30年前の函館夜景(1989 平成元年)     普通というのは 「普通にやればいい」「普通の人間」・・・・・「人並に」「十人並みの」……何となく分かったようで、場合により幅が大きい。普通というのは簡単そうで、意外に難しいと考える。 車を運転し車庫入…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 566

        鉄砲ユリが出てきた       数字は何でも知っている 年金問題がクローズアップされ、少子高齢化が進み常に重要なことであるが、「のどもと過ぎれば熱さ忘れる」たまに出ても続かなかった。 具体的に2000万円とか3000万円の、数字が政府や政治家から飛…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 565

        あじさい(墨田の花火)       青函連絡船の体重 青函連絡船の総トン数は、建造当時の約8300トンから、終航時は約5400トンに変わっていた。これは法律等の改正により、基準すなわち物差しが変更になったもので、船が改造されたわけではなかった。 …
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 564

       鍛えてくれた羊蹄丸(函館港南口を出ていく)        おぬしできるなあ 相対する侍が腕前を見て、「おぬしできるなあ!」と言う場面がある。相手の力を悟るには、見抜く方にも眼力が必要で、双方にそれなりの実力があってこそ、剣を通して会話ができ…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 563

        シランは多いが白色は珍しい       隠れた能力 前回は逆の言い回しをしたように、滅多なことはないかも知れないが、航海というのは単純でない。その滅多な時のため、我々ナビゲーター(航海者)が、航海術の研鑽を積むところである。 これは目に…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 562

     逆説安全航海 少し堅い話が続いたので、ゆったりしたテーマを考えたい。広い海で船と船が簡単に衝突しないはずが、現実にぶつかるケースが多い。 若い航海士時代に太平洋で、夜中のワッチ(航海当直)中に、Q/M(総舵手)が、ひとつはレーダーを注視する緊張を、和らげるためであるが、面白いことを言…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 561

       青函連絡船 十和田丸(ファンの方が撮影)      シークレット 青函連絡船のホームグラウンド函館を管轄するのは、青函船舶鉄道管理局(青函局)だった。全国26局の中でも異色で、名前に船舶がつく唯一の局だった。 それだけ船舶の存在が大きく、待遇面などをめぐ…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 560

      児島(岡山県)へ 函館旅行の疲れも抜けないまま岡山県で、中学の同窓会があり参加した。車の定期点検が続き、ひと区切りのようでも分からない。 時代が大きく変わった連休をはさみ、自分の中ではかなり月日が過ぎたような錯覚がある。航空機や車での移動距離も、何千キロにものぼり、現在位置が分かりにくいこ…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 559

       香雪園の新芽      船長会から函館よもやま話 いくら知りつくした函館とはいえ、数日の滞在ではなかなか落ち着かない。やはり行くからには会いたい人や、逢わなければならない方がいるため、せっかくのチャンスを大切にしたかった。 あまり連絡を広げすぎると、収拾がつかなくな…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 558

        函館駅前 (摩周丸の標識が)      青函連絡船船長会に あくまで船長会に出席が目的であるが、これにだけ経費と労力をかけるのは、効率が悪いので日数を増やし、いろいろ結びつけ有意義な、函館旅行にするのが慣例になっていた。 しかし最近は欠席が…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 557

      青函連絡船船長会に函館を訪ねて          明石海峡上空からの景色(右が淡路島) 5月の連休が過ぎると気候のせいもあり、いろいろな集いが活発になる。このところ出られなかった船長会が、他のものと重複しないか気がかりになっていた。 どの幹事さんからも早め…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 556

          青函連絡船 十和田丸       船長というものは 先般ロシアで航空機事故があり、滑走路で火を噴きながら、緊急着陸の生々しい映像が公開された。解説には日本を代表するような、テレビに顔なじみでOBの機長さんと、元客室乗務員の方が、司会の問いかけに、いろいろ対応されてい…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 555

         弓削島の砂浜(高専学生が清掃ボランティア)         弓削島 平穏に平成から令和に、時代の移り変わりが行われ何よりである。今年のゴールデンウイークは、いろいろ例年とは異なるものだった。 仕事に関わらない私どもは、10連休もさほど関心も薄い。大きな目…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 554

           世界に誇る函館夜景        青函連絡船に因むゴールデンウイーク 青函連絡船のふるさと函館の、桜の満開はゴールデンウイークのころだった。いま地球の温暖化で多少の、変動はあるかもしれないが、本州南部の各地と一ヵ月以上の開きがあった。 …
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 553

         積算計も17万キロを超え      船と車 海は広いから渋滞など、発生しないと考えられがちであるが、時と場所により言い切れない。多くの船が出入りする大きな港や、接続する航路筋では、道路の渋滞に似たように、たくさんの船舶が輻輳する。 広い海域では特に定…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 552

          なつかしい50年前のスバル360        メモリアル ドライブからメモリアルシップ 近ごろ考えを実行できないが、たまたま中身の濃い予定が、午後3時ころに終える珍しい日があった。日暮れまでに2時間半はあり、ドライブに出る気持ちになった。 …
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 551

            青函連絡船のふるさと 函館夜景       事故、トラブル、不倫・・・・,etc. 旅客定員12人を超える船は、法律等でも旅客船と定義されている。大きさやトン数は別なので、島通いの巡航船から、外国航路の豪華客船まで広く存在する。 …
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 550

        四国 新居浜での羊蹄丸 最後の雄姿      ダイジェスト 順調な桜の開花から満開を、吹き飛ばすような春の嵐ですが、春先の天候は低気圧の急な発達で、意外に不安定な傾向にあります。 当初から応援を続けて下さり、くわえ新たに注目いただいた方々のおか…
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