青函連絡船の思い出と我が人生航路 529

          青函連絡船 十和田丸        責任の自覚 例年に比べ穏やかな新年に、成人の日の連休も好天気だった。船の航海と一緒で、いい日ばかりも続かず、そのツケが回ってくるのも、長い人生航路からよく経験している。 それは天候に留まらず、想定外のものまであり、自然界から注…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 528

       若さこそ 昨年から将棋界は藤井七段という、若きスーパースターの話題が、持ちきりで今なお続いている。親戚筋のような同じ棋界と呼ばれる、囲碁界は話題性で後塵を拝する形である。 今年に入り小学4年生の少女が、4月に史上最年少でプロ入り決定を、日本棋院から発表された。将棋の羽生善治九段と共に、国…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 527

      セコンドオフィサーの双肩にかかる 穏やかな新年かと思えば、熊本で大地震が発生、大自然は手厳しいようですが、本年もよろしくお願いいたします。          このように見えると良いが 函館港南口入口 今年は元号が変わる大きな節目に当たるが、一口に平成の30…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 526

    船長 よもやま話        行きはよいよい帰りはこわい         吹雪のなか入港中の青函連絡船 十和田丸 この季節に三寒四温は無理としても、天気のくずれが目まぐるしいようである。ある朝に日差しが強く、ドライブにもよさそうで、所用と条件が重なり急きょ決めた。 何の準備も…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 525

船長よもやま話   あぁ ウン (阿吽・あうん) 今年も残り少なくなってきたが、青函連絡船の運航中は、年末年始の特別輸送に入っていたのだろう。臨時旅客便の増強や、貨物便の間引きや計画運休など、時のニーズに沿ったものだった。 ジリ貧傾向にあった青函連絡船にとり、お客様が増えるのはありがたいが、接続列車…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 524

     どっちもどっちでは・・・・         マイカー(5台目ぐらい) 憧れのフェアレディ Z このところ日産ゴーン前会長の話題で持ちっきりに、一ヶ月あまり前にふれた免震装置の不正(517話)などは、何処へ飛んで行ったのだろうか? やはり目新しい物とか、話題性が薄ければ、報…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 523

     ブリッジのウィングの出っ張り(青函航路は左舷が主、周遊での右舷側)        長声一発にまつわる話 青函連絡船にはいろいろな慣わしがあったが、そのひとつに汽笛の使い方があった。もともと汽笛は海上衝突予防法など、法や規則に則った音響信号設備のひとつである。 主に他…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 522

          この大きなデリックブームが暴れては        技の盗人も   ああ!とまらない 南北に長い日本列島なので、ところにより気温もかなり違う。また標高差により天候も異なり、一概に言えないが、路面の凍結など神経質になる時期である。 走行中の車からタイヤ…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 521

     クオーターマスター(Q/M 操舵手 ) 抽象的な表現が続き少し戻すと、これまで度々とりあげてきたQ/Mは、その名の通り舵をとるのが主な仕事である。 直訳して四分の一 船長などと、冗談交じりに自らを呼ぶ人もいた。その由来は分らないが、当初は4人乗船しており、3直制のワッチ(航海当直)や、羅針盤…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 520

           栄光の航跡より       このあたりで  少し立ち止まりふりかえると、反省する処が多く、改めて気づく点も少なくない。スタート時点が現在ではなく、二十数年前という特殊な形態だった。 そのため時系列や季節感にとらわれず、思いつくままに書いてきた。針路や速力も決…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 519

無駄も大切 自分のためになる事をするのは普通で、誰もやるから珍しくもない。現実には人生も仕事もストレートではなく、回り道や試行錯誤を、繰り返すのが一般的だろう。 しかし時と場合により無駄も役立ち、思わぬ助けになることも少なくない。青函連絡船のチーフオフィサー時代には、若手の航海士が我が家に…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 518

    青函連絡船OB会の運営は 物の考え方は人それぞれあり、価値観が違うのも当たり前である。多様化された近ごろでは、なかなか二者択一とはならず、幅広い考えが求められる場合が多い。 しかし政治や企業から一般社会まで、狭くなっているのが現実のようである。それだけゆとりがなくなり、テーマにもよるが前号のよう、間違…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 517

          青函連絡船 十和田丸      ここまで落ちた また免震装置の不正が発覚し、社会的な大問題になっている。真面目な民族として、知られる日本で相次いで発生している。 原発事故から始まり、自動車メーカーの相次ぐ検査不正、厚労省のでたらめな働き方データ、さらに障がい者の水…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 516

          在りし日の青函連絡船           微妙 多くの場合スポーツはもちろん、仕事や遊びに至るまで、一種のイメージトレーニングが考えられる。船舶のように複雑な組織力により、繊細な業務をなし遂げるには、特に大切と考えていた。 船長はいろいろなパターンを想定するが、自然…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 515

         青函連絡船 十和田丸       紙一重 長らく乗っている車の水温計の指針が、微妙にずれて気になり、ディーラのサービスアドバイザーに伝え、対応を依頼していた。原因はラジエーターが古くなり、水の循環が悪いためとの返答だった。 車検前よりも高温を…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 514

           青函連絡船の構造図      船の住み心地 運航形態により異なるが、少なくとも2日以上にわたる乗務の場合、休息や睡眠のため、何らかの居住設備が必要である。これは船の大小に、かかわるところが大きい。 本来の目的に沿い、旅客船はお客様が一番であり、貨物船なら…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 513

      貴乃花親方と安倍首相 貴乃花親方(今は元がつくが)と、安倍首相はついこの間まで、マスコミの報道が群を抜いていたようだ。第4次安倍内閣発足と、元親方の相撲協会退職が、ほぼ同じ時期だったが、いろいろ話題性もあった。 詳しく報道されており、少し別の面から見させてもらうと、ともにサラブレッドのような名門に…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 512

         関の池(ため池百選にも)        近くて遠い このところすっきりしない天候の合間に、昨日は秋晴れの晴天に恵まれた。岡山県の児島(倉敷市)で、中学校の同級生による昼食会があった。 久しぶりに瀬戸大橋線で海を渡ったが、時により近くて遠い事がある。台風は別としても冬の季節風…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 511

      盗む?          啄木像から立待岬 少し穏やかでない言葉になるが、物を盗んではいけないし、当たり前のことである。しかし時に例外もあり、良い技術は盗まなければならない場合もある。 徒弟制度的な職種においては、少なからずその傾向があると思う。第161話で述べたが、アッ…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 510

          毎年この時期に元気なリコリス    津軽海峡冬景色より ここテレビで「津軽海峡冬景色」熱唱の、場面をたまたま何度か目にした。40年以上すぎ未だに、国民的な名曲として、根強い人気を誇るようだ。正反対の季節ながら、お盆とか敬老の日にちなみ、懐古的な意味合いかも知れない。 …
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