テーマ:函館 青森

青函連絡船の思い出と我が人生航路 567

       30年前の函館夜景(1989 平成元年)     普通というのは 「普通にやればいい」「普通の人間」・・・・・「人並に」「十人並みの」……何となく分かったようで、場合により幅が大きい。普通というのは簡単そうで、意外に難しいと考える。 車を運転し車庫入…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 455

         JR松山駅前のひとこま      公序良俗 またも車の暴走事件があり、身近な松山市で余計に驚いた。しかもこの前に歩いたばかりの場所で、強いショックを受けた。 四国最大クラスの商店街である、大街道で暴走する車を、紙一重で避ける人々の姿が、生々しく映された。第451話の写真に重なり…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 175

                 青函連絡船の旅 基準航路に(機長放送 船長放送) いろいろ巡ってきて基準航路に戻そう。当時は日本で最大数の旅客を運ぶ青函連絡船の救命設備など安全装備も最先端であった。それに見合った技術の練度を上げなければならない。そのために日頃から訓練を積み、その集大成がすでに57話で紹介の救難協同…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 168

                        青函連絡船 渡島丸(高速貨物第1船)             安全 普通のサラリーマンは朝に出勤、夜帰宅まで昼食を除き働き続けることになる。途中でちょっと横になり休憩など考えられない。船はワッチ(watch・当直)制の勤務が主で、デスクワークや一般作業以外の非番時は…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 127

  しらかみ丸(タグボート)               感覚も 先日、自治会の資源ごみ当番に当たっていた。あいにく梅雨入り雨天で、布や紙類が濡れないようにシートをかけ整理した。2×1×1m位の小さな区画に要領よく重ねた。 ここは定期航路での積み付けよろしく、昔の航海士時代を思い出した。当時は荷物が多…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 125

船長会          入港中の 青函連絡船 十和田丸 先日、青函連絡船船長会の事務局から、ご丁寧に会の様子を知らせていただいた。出席者が年々少なくなっているようであるが、致し方ない事だろう。 当時の定年である55歳前後の人は80才を超え、最年少の40でも65才を過ぎていることにな…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 116

長声一発 ”汽笛一声新橋を・・・・”鉄道唱歌の始まりであるが、青函連絡船では「長声一発」が、トレードマークとなっていた。 海上衝突予防法では灯火、形象物とともに音響についても定められている。汽笛で短音とは1秒間継続する吹鳴をいい、長音とは4秒以上6秒以下の時間を継続する吹鳴と規定されている。  …
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