テーマ:青森港

青函連絡船の思い出と我が人生航路 573

    失格かも 客船は1年に1回ぐらいのペースで、定期的な整備や修理をする。本来はこれで調子がよくなるはずであるが、なかなか理屈通りにならない。 たくさんの機器を使っているが、回転する部分や接点はベストでないが、長い運転により妙に落ち着くースがある。逆に新品に取り換え、不具合になることも珍しくない。 この度プロバ…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 516

          在りし日の青函連絡船           微妙 多くの場合スポーツはもちろん、仕事や遊びに至るまで、一種のイメージトレーニングが考えられる。船舶のように複雑な組織力により、繊細な業務をなし遂げるには、特に大切と考えていた。 船長はいろいろなパターンを想定するが、自然…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 481

          貝母(バイモ)の新芽がかわいい        船長の少し込み入った話 青函連絡船の旅客便は、甲、乙、丙系統別に2隻ペアで一日5運航、すなわち1船あたり2.5運航だった。これは毎日同じ時刻に、青森~函館を発着のために、ひとつのテクニックでもあった。 停泊時間も含…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 387

           上空からの青森港       タヌキの泥船 青函連絡船では入港操船が、重要な任務のひとつだった。気象状況によりさらにプレッシャーが、かかる場面も少なくなかった。 着岸する岸壁は函館さん橋2ヶ所、有川さん橋(正式名称は函館第3、第4岸壁)2ヶ所、および青森さん橋3ヶ所が対象だ…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 208

                       アンカー作業に奮闘 しらかみ丸          アンカーの反乱 このところ C/O(一等航海士)時代の話題が多いが、C/O の任務の一つにアンカー(錨)操作に関する事がある。小さな船から大型船に至るまで、ほぼ全て装備されている。 船の大きさ等により異な…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 134

      八甲田丸 台風 猛烈な台風8号が過ぎて行ったら、また9号が発生した。今回は台風の暴風雨の他に、前線の刺激による大雨が各地に被害をもたらした。 昭和60年9月1日9時25分交代(09:15着、通常10分後交代)乗船のため早めに出勤した。一乗(一航海)勤務予定で夜には帰宅予定であった。しかし…
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青函連絡船の思い出と我が人生航路 105

          青森入港前の青函連絡船 八甲田丸 (絵はがきより) 着岸操船のほろ苦い思い出 ある冬の夜間の上り便の出来事である。 船では自己の技術研鑽と同時に部下や後輩の技量の向上など教育もやりながら技術の継承が必要である。あまり早まってもいけないし、全然させないのも良くない。そのあたりのさじ加減(手加減…
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青函連絡船の思い出82

青函連絡船の思い出と我が人生航路      むくげ 積荷 今朝方だったか久しぶりに青函連絡船の夢を見た。 普段はあまり過去を思い出すことは少ないが、ブログを始めてから題名に沿うように、忘れかけていたことを思い出しながら書いているからかも知れない。 青森入港スタンバイになったと…
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青函連絡船の思い出65

青函連絡船の思い出と我が人生航路                  航跡 (栄光の航跡より) 青函連絡船基準航路          青函連絡船基準航路(栄光の航跡より) 青函連絡船の基準航路は左側通行?だったの!と考えることがあるかも知れない。そういう疑問がわけば相当、船に詳しい方々だ…
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